大商人と水ビジネス
パチパチ。バチッ。ばちり。
あつい、暑い、熱い。
ただでさえ気温が高いのに目の前で焚き火をすれば、それはそれはあつい。
不器用コーさん五歳は泉のそばで、泉の水を焚き火にかけて煮沸している。
火の不始末があっちゃいけないと、なにかあれば対応できる位置で監視している。
街の水道水として引かれている泉の水。これを大元で採水し、煮沸し、特殊なフィルターで濾し、熱を取り、小さな型に小分けし、すぐそこの小さな洞窟の中に運ぶ。この一連の作業を繰り返している。
ひんやりとした洞窟の奥には大小様々な保冷ケースが並んでいる。
私の大事な商品達である。
だらだら、だらり。
熱い。汗がダラダラ流れる。
そろそろ冷たい水で汗を流したい。
付着物も鍋から早めに落としたい。
正直私はこの分野が得意ではないので、もっとよい方法がある気がしてならない、のだが・・・。
初期投資が小さくて、作業的に私でもできて、カイくんも許してくれる手段は限られるのでしかたがない。
金融特化型の人間である私は、元手が必要で、とりあえず少しでも確実に元銭を稼がなければ始まらないのだ。
飲料として確保していたコップの水を飲み干す。
前のまえの作業分の味見分である。
うん、多分ましになっている。
売れる。
街で使われる水道水はこの泉の水をベースにしている。水道水は中央の大商人が中央の基準で設置運営している浄水装置を通したものだ。
住民はこの水道水を飲んで育つため慣れてしまっているが、旅の商人や旅行者、あと稀に幼い子どもが体調を崩す。
水質と硬度が原因ではないか。
中央基準の装置は中央の水には適しているが、泉の水には適していないのではないか。
私はそう考えた。さらに、ひょっとしたら、街の名物ができるのではないか。
そうして始めたのがこの作業である。
より中央寄りに水質を調整し、暑い夏に冷たい氷の装飾品として売る。
溶けたら食べても飲んでもよいという非公式口コミつきで。
本格的な飲料水とすると巨大資本とぶつかるので、メインの売り方は夏季限定の氷細工である。
細工といってもぶきっちょコーさんが彫刻するわけではない。特殊コートされた飴やゼリー系の透き通ったお菓子だったり食用花を、氷に閉じ込めるのだ。
ゆっくりゆっくり温度を下げ、透明度を上げて凍らせる。必要なのは時間と根気と執念である。
透明度の高い氷に、中にある輝きに、そしてその冷気に、ちょっとした贅沢を感じられる。水道水をそのまま凍らせると白かったり、濁ったりしてしまう。透き通った氷には付加価値がさらに付く。
この商品は特注品の高密度フィルターがみそだ。
私はこの分厚いフィルターの構造を知らない。
凄腕職人様のプライドをくすぐり、口説き、泣き落として手に入れた。
時間がかかったのは、採水し、商品利用する権利の確保だった。
調べた結果、この世界の水は、私的には日本の利水権にちかいと理解した。
そして大元のこの街の水の権利は中央の大商人が保有しており、この街は毎年一定額を大商人に払い、利用していることを調べて知った。利用名目は農業用水、工業用水、生活用水だった。
ここで私はちょっと悩んだ。
この世界の感覚がまだ掴めていないため、これからやろうとしていることがこの利用名目に含まれるか判断がつかなかったのだ。
大商人は商業利用目的のはずだ。
この利用目的の分け方はくせ者ではないか。慣れない土地(この場合、慣れない世界だが)でのビジネスにおいて、現地の商慣習は忘れてはいけないチェックポイントである。極端な話、その見えない壁の右と左ではイエスがノーになったりする。
この街の不利になる可能性を私がつくるわけにはいかない。
利水権をまるごと買い取れば問題解決だが当然今の私に交渉のコネも対価もマンパワーもない。そもそもそんな大事業はしたくない。
ごく一部または条件付きの商業利用権を得る方法はないか、とウンウンしていたところ、頼れるお兄ちゃん(自他称)が声をかけてくれた。
かくかくしかじかと説明したところ「何だか分からないが親からコーの誕生日祝いを何にするか聞かれているから、その利水権? と答えておく」と言った。
いやいやいや、冗談にもならないよ、と笑い話にしたつもりだったが数日後にカイくん宅に招かれた。
カイくんの一族はこの国レベルで有名で有力である。
カイくんが先天的に、種族基準で「弱い」個体で、種族基準で「臆病」で、さらに子孫を遺せないことが分かっていたため、一族はカイくんを好きに生きてよいと、よい意味で突き放した。
兄弟は有力稀少種族の子弟として、いくつかの獣人的出世コースから一つを選び、早くからその道を極めるべく学んでいる。
カイくんはそれらの道を選んでもよいが生存率が低くなる、と知らされ、私の保護者ポジションをしながら商人方面の勉強をしている。
正しい表現をするなら街で一番物理で力がなく、成長してもきっとそれは変わらない私に出会ってしまったためほっとけなくなった結果、私とセットで動いている。
住人にとっては護るべき対象が一緒にいるとわかりやすいんだ、とカイくんは言うが優しい嘘である。申し訳ない。
閑話休題。武人オオカミ一族は、カイくんと仲が悪いわけではない。
私もカイくんとセットとして、さらに街で一番脆弱で触るだけで傷が付く人間として、気にかけてもらっている。
たまにお邪魔することもあるカイくん宅は、その体格にふさわしくすべてが大きく固そうである。装飾品は抑えめで、鉱物的な建材が目立つ。
ザ・質実剛健。
中世の要塞を無理矢理現代風住居にしました、とコメントしたい。
ここで久々に街に戻っていたご両親相手にプレゼンした結果、中央の大商人から泉の利水権の十万分の一を手にできることになった。期間は十年。
正確にはカイくんが権利を譲受け、カイくんが私に管理委託するかたちだ。さすがに貰えないよ、利水権。強硬に拒否した。
それに私には商人と取引するための資格的なものがいくつか足りなかった。
カイくんパパが作った外向けのストーリーはこうだ。
武人に向かない息子が商人に興味を持ったので、試しに地元でちょっと腕試しさせたい。才能があれば軌道に乗せるだろうし、ダメならその程度だということ。
ご迷惑が万が一かかるといけないから、いくらか預けておこうか。ああ、権利の対価とした方がそちらも誤解を受けないかな、期間はそうだね十年でどうだろう、そちらの権利もそれくらいだろう、合わせるよ。そのあとは改めて相談しようか。
鍛え抜かれた黒狼ボディにクールフェイスをのせたカイくんパパは旧知の大商人と和やかに速やかに交渉をまとめたらしい。
こうして私はビジネスのタネを手に入れた。
人の縁というものは本当にプライスレスである。
誠意を形で表す古いタイプの人間である私は、感謝の気持ちを込めて、カイくんを丹念にブラッシングした。
余談であるが、季節柄の抜け毛の山でこっそりミニカイくんを作ろうとしていたら匂いでばれて、完成間近の作品を没収されたのは切ない思い出である。