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通訳不在の意思疏通

しず、しず。しずしずしず・・・。

育ちの良さそうな王国軍人が異様な殊勝さを漂わせて近付いてくる。


略綬をしゃらしゃらさせたスースさんである。


いつかのガーデンパーティーに突撃してきたときと同じ王国軍服である。人間基準では立派な体格かつ凛々しいはずの顔付きの彼が、大変にしずしずしく近付いてくる。


いつかのガーデンパーティーに突撃してきたときと異なり一人である。ひとりで厳粛な雰囲気を出している。苦労人で通訳なお付きであるポーカさんがいない。他の軍人達もいない。


わいわい。がやがや。喧騒しかない中央の飲食店である。街の自由人達が多少「自由」に振る舞っても目立たないほど、我が国の、中央の、()にある店である。英雄達の街の大型肉食獣人、と書いて、ならず者と読む共和国人も真っ青な、柄の悪い出で立ちに柄の悪い話題に柄の悪い雰囲気結界を張った場である。


スースさん達王国軍人エリートは人間にしては体格が良い。栄養状態が良い。発育が良い。だがしかし。とはいっても人間基準のそれである王国軍人は、我が国内かつ我が国基準の獣人が多数を占めるこんな治安の悪いはずの店内では、相対的に小柄になる。


それなのに、である。スースさんひとりで存在感たっぷりに近付いてくる。店の奥から半分ほどのスペースを占領する英雄達の街一行(わたしたち)を目指して歩いてくる。異様である。


入口からテーブルの間を奥まで一人で歩いて来るだけで何やら厳粛な雰囲気をじわじわ醸し出してくる。


この、緊迫感も圧迫感も緊張感も皆無なはずの、英雄達の街の飛び地でひとり、異様な気配を入口から店の奥まで浸潤させてくる。


私達は先ほどまで、街の良い年をした大型肉食獣人達が護衛依頼により訪れた人間主体の町で遊び回った挙げ句の損害賠償について話をしていた。ギャハギャハ笑って手持ちから換価性の高い物品をテーブルにガチャガチャ積み上げていた。(パッと見、ヤカラの強奪品分配の図である。が、実態は逆である。実損額に色を付けて補償しようとしていた。)


「あアァ?」

ナッジくんはだらけていたソファーからわずかに身体を起こしてスースさんに目を向けた。しなやかな身体にピタリとした衣服、ギラついた装飾品が目を引きすぎる。整った顔で、光を弾く目をすがめ、そして、ぽすんと元の姿勢に戻った。


「・・・、ふん」

カイくんの座るソファーの肘掛けに腰掛けていたシロくんは、カイくんの膝にいる私に心持ち身体を寄せた。だぼっとしたオーバーサイズの服に埋もれたツンデレドールである。かわいい。


お仕着せのようなナリながら、ジレもシャツもはだけさせたライオンボーイ、レイくんはしらーっと流す視線でスースさんを見てからその目をドミーくんのいるカウンタースペースに落ち着けた。


心優しき大きなクロサイボーイ、ドミーくんはスースさんを見て首を傾げ、なにかを作りだした。今日のファッションはラストル雑貨店のばあやから送られてきた王都で流行りの白い「コックコートもどき」である。

カシャカシャ。


このお店はカイくんパパの持ち物で、スタッフとも気心が知れている。私達の飲食物から店のスタッフは完全撤退している。つまりは私達はドミーくんの手になる品を摘まんでいた。摘まんで、だらけていたはずだった。


すす。すす。

ドミーくんのいるカウンターから何かを取った私の「両親」は私達から離れたテーブルに移動した。


ず、ず、ず。

ギースさんとフルちゃんが私の「両親」という名の護衛必須な人間二人の後を追った。あの二人は、いくら私達が大丈夫だと言っても王国軍人関係を避ける。身に染み付いた習性が抜けないらしい。



いつかと同じように私から五歩の距離で止まったスースさんは、ぴしりとした姿勢を作った。こちらが固まりそうな、カタい表情で一息に言う。

「やられっぱなしはないと理解している。この首に大した価値はないが、この身一つでまずは様子見をしてもらえないか。幾つか名の通った栄誉もいただた身ではある」

育ちのよさそうな王国軍人はかっちりとした動きで頭を下げた。


王国軍人にこのような頭の下げかたをする習慣はないと、私は知っている。諸々こちらに分かりやすくしているのだろうか。


だが、しかし。私は全く分からない。


スースさんが何をどう結びつけてここに来たのか全く分からない。我が国爆撃事件から7日以上経過し、当初あったスースさんの面会希望は馴染みのある黒オオカミ連隊長、つまりはカイくんパパにお任せした。「楽しく話して終わったよ」とカイくんパパが言っていたはずだ。


何故首がどうのとなるのかさっぱりである。リアルにしても比喩にしても、私に興味が無さすぎる。が、私はようやくスースさんのヤバさが分かった。


この御仁、ただの直情径行人間じゃない。ドラマティックかつドラスティックに回りを巻き込んで生きる人だ。巻き込んで生きてしまえる人だ。


勢いと雰囲気である程度まで解決できてしまう人。まわりはことが終わってから、あれ、論点そこだったっけ、と気付いたりする。


うん、スースさんは、アレクサンドルさんと相性がよいかな。

うむうむ。


ちら、ちら。

シロくんが私に、何か対応しないのか、という視線を向けてくる。


へ、へ、へっ。街の大型肉食獣人達が、どうするんだコー、面白いことになるんだよなコー、そうだよなコー、という視線を向けてくる。


残念ながらこの場には、スースさんの生き様を解釈できる人間も、理解できる獣人もいないのだ。


「ねぇ、カイくん。ケインくんは何を言ったのかな。なんでこんなことになっているのかな」


我が国の獣人役人トップ(イケニエ)オオカミ、ケインくん。いつもながら面倒だ、と私にメンドウゴトを投げつけたケインくん。


そもそもなんでこの人は一人なのだ。苦労人の補佐はどうした。彼が通訳しなければ、私とスースさんは話が通じない。とうとう愛想を尽かされたのか。


中央の比較的治安の良い店とはいえ、私達がいるということは、大型肉食獣人が一時的に溜り場にするということだ。まともな王国人は近付かない。まともな人間も近付かない。店内にいる人間は、英雄達の街一行(わたしたち)が店に入ったと気付き、紛れ込んできたワケアリ達だ。


英雄達の街の大型肉食獣人が複数いる場では、大抵、他国のいざこざが棚上げされる。裏を返せば、まだちょっと顔を見られたくないな、という人間が視線を気にせず息ができるのだ。スースさんはそういった不文律を破る人ではないだろうが、そんな場にポーカさんがこの人を単独行動させるとは。


私を抱えた白オオカミは静かに教えてくれた。

「ケインではないだろう。誤解だな。情報の非対称、あるいは風説の流布か。いや悪評か。英雄達の街は怯まない、やられたらやり返す、やられる前にやる、そんなところか」

実例がないわけでもないから厄介だ。面倒がって誰も訂正も修正もしないからな。


カイくんはそう言って、ネコのような人間を振り返った。


気配を殺して私とカイくんの後ろに来ていたナップルさんは私を見た。


一つだけ頷いたネコは無表情に言う。

「 ポーカさんを連れて来ればよろしいのですね」

そうしてナップルさんはいなくなった。スースさんが来たのとは逆の、裏口から店をでていったようだ。


最近ナップルさんの様子がおかしい気がするが、カイくんが気にせずにいるからまあ良いかと先送りしている私である。


会話が噛み合わない私達をみかねたライオンが近寄ってきた。

「スース小隊長、イタイケナレディの前で物騒な話はよして、まずはこちらへ」

今日も王国の名士ルックなルカさんである。紳士なセリフだが、一部カタコトに聞こえたのは穿ち過ぎだろうか。


「いや、・・・」

渋るスースさんを、まあまあ、とルーフェスさんがソファーに座らせた。カイくんと私の座るソファーと九十度の位置である。


なんだよ、コー。ショーはまだか、コー。聞こえねぇぞ、コー。

野次馬な大型肉食獣人(ほごしゃ)達が囃し立てている。


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