楽しい一家だんらん
きゅるん。きゅるるん。きゅる、きゅるるん。キュートな中型獣人達がキュートなポーズを決めている。私の目の前で。
「いいね。いい。おいで、おいで」
ほら、これで好きなものを出してもらうといいよ。
私は右手で素敵風呂敷から専用コインを取り出した。この闘技場内でのみ使えるコインである。最高額を示すこの金色のコインなら、今の闘技場内で販売している何とでも交換できる。
色の異なるもっふもっふが三人近付いてくる。中型といっても、ここ中央基準であるから、私の二倍以上の体格はある。腕だけでも私の太ももサイズだ。三人は私にあわせてしゃがみ込んでくれた。
それぞれの掌にのせていこうと、最初のコインを茶の毛皮に囲まれた肉球においてみる。すると私の手の甲をもう一本の腕が撫で擦るように包んでくれる。次いで、するりと本体が身を寄せてきた。垂れ耳の犬の獣人が、下から上目遣いで私に視線を合わせてくる。
「ありがとう、素敵なお姉さん。でも、今日の衣装、薄くて繊細なんだ。コインじゃ型崩れしちゃうかも」
少し困ったように、柔らかな声が耳をくすぐる。声の主の立派な体格を包むのは、遠目にも華やかで、かつ、身体の動きを分かりやすく伝える衣装である。うん、この衣装もいいね。もふのちらり具合が絶妙だ。
私は素敵風呂敷の内ポケットから左手で我が国の最高額紙幣を掴んで、目の前にあるシャイニーなグレイの胸ポケットにそっと差し入れた。一枚、二枚、三枚・・・。
「ほら、これで大丈夫」
「「ありがとう」」
私と犬のお兄さんの声が重なった。
そんなやり取りを異口同音に三回やり、サービス精神一杯な獣人達が手を振りながら特別観覧室から退室していくのを見送った。満足した私は後ろを振り返る。
振り返った先には、だらけた人間達、私の群れと大型肉食獣人達がいた。
ブルドッグ達にはさまれて座るダンさんが、今のはなんだと視線で問うている。ダンさんの隣に座るアンナさんは今日もだんまりである。
今日は、私の群れと保護者達、それから「家族」で、昼の闘技場に来ていた。私は子グマのなりきりセットを着て入場し、カーテンを引いて外から見えなくした特別室に入ってからなりきりセットを外していた。
赤毛のブルドッグが立ち上がって近付いてくる。
「俺の服も今日、薄いんすよ」
私は真正面から、暑苦しい体格の横を歩き過ぎた。え、というような赤毛の視線を流してカイくんの膝に抱え上げられる。
「今度盾役の制服でもつくりましょうか」
ルーフェスさんがお茶を差し出しながら言う。
頷いて、私はアレクサンドルさんを見ながら言った。
「未開の森の素材、卸しましょうか」
いろいろ防げる生地ができる素材ですよ、と私が続ける。小悪党達は遠慮し出した。
「いや、そんな高価なものムリっす」
「てか、盾役はムリっす」
「装備としては安心っすけど、それ理由に最前線に送られるの、目に見えてるっす」
しかも俺ら、必要ないのに。
胡散臭い金髪オジサマは、嘆き節の入り始めたブルドッグ三人組をじろじろ見回した。
「王都のオリーブの店で採用した制服はどうですか。色か襟の形を変えるだけで印象はかわりますよ」
黒カラカルが私の前に椅子ごと移動してくる。ゴツい指輪のはまった指が、私の纏う素敵風呂敷の裾を戯れにいじる。
「コー、俺も欲しいぞ」
ドールも寄ってきた。輝く毛並みの指が反対側の裾を握る。見上げる顔にもきゅんとした私は、再び紙幣を掴んだ。
「それは要らない」
間髪入れずにシロくんに言われてしまった。
「皆さんのサイズでつくりましょうか。体格が違い過ぎて、コストダウンできる気がしませんが」
むしろ、バランスを考えると、デザインも変えたがるかもしれませんね。むしろ、全てオーダーメイドでしょうか。
ふっかけてくる算段に忙しいアレクサンドルさんから視線を外す。
「お父様とお母様も、いる?」
ダンさんとアンナさんに聞いてみる。
部屋中から呆れたような視線が私に集まった。
やる気のない、気だるげな雰囲気を隠さない人間は、面倒そうに私に視線を投げてくる。
「その嫌味、いつまで続くんだ。なあ、俺達はどうすりゃ良い。こりゃ一種の市中引き回し的な何かなのか」
市中引き回し。私は目をぱちくりした。ダンさんはよほど古風な言い回しをしたらしい。
初対面の大仰さを捨てたダンさんは、日替わりでいろいろな態度を試しているらしい。私達が対応を変えないので、慇懃無礼、チンピラ風、だんまり、紳士風等々。バリエーション豊かで、正直、面白い。今日は場の雰囲気に合わせたのだろうか。
ここ数日、私達は、中央をのんびり行脚していた。ダンさんとアンナさんのまわりに、ブルドッグ三人、ギースさんとフルちゃんを配置して移動を繰り返していた。私の「両親」は特に拘束もしていない。それでも自然と一緒に移動するよう誘導されていた。
ルカさんの家の元王国軍人達がルカさん相手に披露したあの技は、ポピュラーなものだったようだ。
「いやだなあ。せっかく両親ができたから、自慢して回ってるんだよ」
にこり。
笑って見せたのに、続く大型肉食獣人達の笑い声で台無しである。
ギャハ、ギャハ。
ヒャーヒャッヒャ。
カイくんの腕が私のお腹に回ってきたので、おとなしくホールドされる。白オオカミのため息混じりの声が降ってくる。
「コーが人間にその口調だと、気味が悪い」
カイくんに言われたら、改めるしかない。
「おっしゃる通り、ここ、中央の縄張りは大体ご案内しました。どうですか。得手不得手、あれば考慮しますよ」
顎を上げてみる。カーライルさんお墨付きの、共和国の傲慢な子弟ムーヴである。
ふぅぅ。
はぁ。
今度は人間組がため息をついた。
「私のオススメは、この闘技場です。本当は、別の人達に預けるつもりだったのですが、この通り、ちょっとまだ、前の運営の色が取りきれないのです。スタッフ達も環境が変わりすぎるとキツいようでして」
闘技場は、実質、私達の縄張りになった。列車強盗未遂、ルーフェスさんのお家騒動に、闘技場での青天井賭博とその後の賞金首狩り放題。それらに付帯した諸々を含めると、動いた金額は莫大な額にのぼった。当然、決済のために放出された資産は現金のみではない。各国の不動産、各種債権、各国の有価証券、機械設備、芸術品に諸権利。そして、人。
私はまず、私のメンツ代と仕込みの回収を図った。次に、アレクサンドルさんを筆頭とした、群れの関係者達と共にこの好機に乗じた。大バーゲンセールに参戦した。
成果の一つとして、この闘技場の不動産と夜の部の運営の権利は、私達の群れが手にすることになった。
「実質的なオーナーとその関係者はここから手を引いたのですが、夜の部以外での生計のたてかたを知らない中央出身者がいます。昼の部はまだしも、夜の部のスタッフや選手には、ある意味純粋培養された獣人達が相当数いたのです」
私を揺すり上げながら、カイくんが付け足す。
「人間達もな」
ルーフェスさんとルカさんの、主たる肩書きにと考えていた闘技場関係の事業。この刷新は一朝一夕にはできなかった。わかってはいたが、人材面で特に難航していた。
英雄達の街を除けば、この世界では珍しいことではない。
孤児や、何らかの理由で庇護者のいない幼い獣人を収容して長時間拘束する。「そこでの生活」を叩き込む。新卒で入った会社が世界の基準であると刷り込むがごとく。
「ちょーっと、この洗脳を解くのは時間がかかります。徐々に昼の部と溶けあわせていく予定です。が、獣人達の生活を考えると、生計を立てながら変わっていってもらうには、ちょーっと、まだ、早いわけです」
「人間達もな」
ルーフェスさんとルカさんの関係先としては、まだ「我が国らしすぎる」。
「要領よくチップをもらって満足してくれればよいのですが」
私が先ほどチップを渡した三人の獣人は「成績優秀者」である。予定調和な場外乱闘や、場外試合、闘技場ブランドを利用しての個人契約、過剰な接待行為、顧客情報の悪用等々のNG行為を一定期間しなかった。手を変え品を変え、人を変え、言葉を変えて告げているNGラインを体得した三人である。逆に言えば、三人以外はまだまだ、新しい不文律を掴みかねているのだ。
「不始末はもちろん、こちらで処理します」
ダンさんとアンナさんが無言なので続けた。
「この、新体制になった闘技場で支配人でもしてください。オーナーのふりでもよいですよ。表に出て派手にやってください」
私は「私のお父さん」を見て告げた。推測だが、「私のお母さん」は強い意志で「私のお父さん」と一緒にいる。彼女が黙って彼の様子を伺っている現況下、話は彼にすれば良い。
「私の関係者だと触れ回ったので、英雄達の街に関わる獣人には、無闇に襲ったりされません」
少なくとも中央で共和国人に絡まれていたら、味方をしてくれるはずだ。これまで中央で顔見せして回った理由はこれだ。
特に、この場にいる人間や街の自由人達はこの二人を「私の両親という設定の保護すべき人間」と認識したはずだ。
「共和国や王国から、俺達の顔を知るものが来るだろう」
ダンさんは、一見眠そうにも見える顔を私達に向けた。生気が漲っていた中庭の時とは大違いだ。これが素なのだろう。アンナさんは変わらず無表情だ。心配はいらないようだ。
あのエネルギー溢れる感じになったら、要注意、仕事モードというわけだ。
「不都合がありますか」
「あんた達に迷惑がかかるだろう」
殊勝なことを言い出すので、私はぱちくりした。
「私達に、迷惑」
私はカイくんを見た。
白オオカミはダンさんとアンナさんに向かって重々しく口を開いた。
「気にしなくてよい」
ふむ。
「演出の一環で、仮面でも特殊メイクでも仮装でもして良いですよ。たまに英雄達の街の関係者だと匂わせてもらえば、それだけで。なんだったら、ご家族関係者にだけわかる生存報告の場にしてもらっても構いませんよ」
私は説明を加えたが、ダンさんの反応はいまいちだった。
私はカイくんを仰ぎ見た。
「今日の家族団らんはここまでかな。初めてやってみたけれど、なかなか難しいね」
ギャハ、ギャハハ。
ヒューヒュー。
はあぁ。
ふぅぅ。
保護者達と人間達の反応差が激しい。




