スリーピングもふもふ
すぴすぴ。すぴー。
ライオンボーイが寝ている。ベッドの上で手足を伸ばして寝ている。四つ足姿で倒れたように寝ている。常宿となりつつある中央のホテルの、いつものフロアの、いつもの私の部屋のベッドで寝ている。
裾の長いシャツを好むのは、こうした寝かたによるのだろうか。
起きているときは二足歩行なのに、寝るときは四足歩行のようになるのはなぜだろう。レイくんが年若いからか、種族の本能か。
ラスコーさん達は私の前で寝姿を晒すことがないため、謎は謎のままである。
続き部屋のソファーから降りて、そろりそろりとレイくんに近付く私。いや、近付こうとした私は、カイくんの声に動きを止めた。
「それ以上動くと起き上がるぞ」
手慣れた動作ですくわれた私は、ソファーに座るカイくんの膝へ、そのままふわりと納められた。
「起こしても良いが、コーは寝ている姿を見たいのだろう」
私の薄っぺらいお腹の前に、カイくんの柔らかな腕がやって来る。
「うん」
ぽふん。
右隣にシロくんが跳ぶように座った。
「ふん」
ドールがそっぽを向きながらこちらに片腕を伸ばしてくる。動きやすいシャツの袖をキュートに捲っている。健康的になった毛並みが眩しい。ナデナデ。
トンッ。カラカルが軽い跳躍で左隣に座った。スイッとしなやかな腕が伸びてきた。ご丁寧に左手でシャツの袖を捲りながら。
私は白オオカミに抱えられながら、左手で黒カラカル、右手でドールの腕を撫で回すという状態になった。ここが天国か。
腕の長さは十分あるなと、左右の腕をまとめて抱き締めようとしていたら、ルーフェスさんの声がした。
「緊張感を壊さないでください」
隣の部屋から呆れ顔のルーフェスさんがやって来た。いつものように、部屋の間にある扉は全て開け放ってある。
「じゃあ、中庭に戻って良いですか」
「勘弁してください。目を離すとまた何か招き寄せますよね」
「私が招いたワケではないのですが」
解せぬ。
隣室では「私の両親」が人間達の尋問を受けていた。
「私の両親」が中庭からアレクサンドルさん一行に連行されたとき、私達もなぜか同行を促された。
カーライルさんとルーフェスさんがアレクサンドルさんの護衛から立場をかえたので、アレクサンドルさん達は三人が三人ともぞろぞろと人間護衛に囲まれていることが多い。
ルーフェスさんは、先の騒動で怒髪衝天のじいやとばあや、それからラストル雑貨店関係者によってお気楽生活に終止符をうたれてしまった。アレクサンドルさんと行動をともにする前に戻った、ということらしい。今も見えるところの三人と見えないところの二人(ナッジくん談)に囲まれている。今のように私達といるときはまだましなほうらしい。私達と分かれて活動する際は坊っちゃん第一のばあや達により24時間、全方位、管理されている。人間は当日の面会はかなわない。まず、御大関係者は省かれる。
ばあや曰く、「坊っちゃんがお目を汚す必要はございません」。にこり。
ダンさんとアンナさんと接触できているのは、この場が英雄達の街の巣扱いだからだろう。
器用貧乏な坊っちゃんは、元々自発的な行動をしない(ように育てあげられた)ので、不自由はないらしい。アレクサンドルさん、カーライルさんや私達の活動を見て、楽しそうに右往左往している。つまり、本人の動き自体にあまり変わりはない。
そんなこんなで、アレクサンドルさんとカーライルさんの護衛や、ルーフェスさんのたくさんのにいやとねえや達は、交代要員を含めて総動員すると団体様だ。彼ら彼女らがそうと決めれば、私とカイくんは流れるように誘導される。彼ら彼女らには私の群れに対する害意はない。大型肉食獣人達は面白そうにぞろぞろ付いて来ることになる。ぞろぞろ、ぞろぞろ。
そうして私達は私の部屋に入り、それを見たナップルさんは「私の両親」を隣の部屋に連行したのだ。
さっきまでなにやらもごもご聞こえていたが、私は二人が我が国で何をしたか以外に興味が湧かなかった。
「長いことやっているようですが、そんなに楽しい話題がありましたか」
私が問いかけると、ルーフェスさんはやれやれという雰囲気をだしてきた。さすが器用貧乏である。
「質問を質問で返してすみませんが、逆になぜそれほど関心がないのですか」
私はリラックスしている獣人達を見回した。四つ足を伸ばして寝ていたり、ソファーの背に伸びていたり、私に撫でられていたり。
「あのお二人、私達に害意がないじゃないですか。みんなを見てください」
それに。
「二人とも、お金が欲しいワケじゃないですよね」
そこについては、私が何も感じない。あれは、お金に追い詰められた人間ではない。
「そうかもしれませんが、だからと言ってあのような札付きを放っておくなど、」
「放っておいて、害があると?」
純真無垢な幼女アイで見上げると、器用貧乏は器用に頭をかき乱した。かき乱したはずなのに最後はきちんとした髪型になっているのだ。
「ありません。ありませんよね、万が一にも。害があるとすれば、国外からやってきた、後ろ暗い人間勢ですね!?」
私は重々しく頷いた。
「むしろ、応援しますよ」
ルーフェスさんは大きな溜め息をついた。
「話が通じない」
最初、私も警戒した。が、よく考えれば、我が国、それも中央で共和国出身者が獣人相手に悪さできる筈がなかった。腕と身に覚えのある人間と獣人しかいないのだ。穏やかな小型獣人の町にしたって警戒心が強い。共和国出身者が悪さをしようとしても、相手の懐に入り込むタイプの自称「私の両親」のやり方は通用しないだろう。
つまり、自称「私の両親」は、我が国で、人間相手の稼業しかしていない。しかも、獣人と仲の悪い人間相手だ。仲の良い人間なら獣人が注意する筈だから。獣人と仲の悪い人間とは、私にとっても仲の悪い相手である。問題はどこにある?
どこにもない。
うんうん頷いていたら、ラスコーさんが廊下側から入ってきた。この真面目ライオンは、隣室から一旦廊下に出て、開け放たれたこの部屋の入口をわざわざくぐってきたようだ。
「王国で手配が回っているのはいただけない」
重々しい声で言うラスコーさんである。
白オオカミの身体が動き、上から言葉が降ってくる。
「そうだな」
ルーフェスさんがわざとらしく、ふう、と息を吐いて言う。
「コーさん達は本当に逆転しすぎではないですか。一体コーさんは危機感をどこに置いてきたのでしょうね」
私は白オオカミの顔を仰ぎ見た。
「街に置いておいたらカイくんが拾ってくれたのかな。カイくんは危機感と警戒心、マシマシだよね」
お兄ちゃんオオカミはじっと見下ろしてきた。
「そもそもなかっただろう。初対面のオオカミ獣人にしがみつく人間に危機感があるとは思えない」




