両親(自薦)が来たりて兄(自称)が泣く
する、する、するるっ。
小綺麗な衣服を着た人間の男女が近付いてくる。中央のいつものホテル、その中庭で寛ぐ私達に。大型肉食獣人達がニタニタしながら開けた空間を進んでくる。大した胆力である。
昼食後の暖かな日差しが、愉快そうな乱入者を照らしていた。
「ああっ!我が子よ!」
カイくんよりふた回り小さな男性。カーライルさんより若そうだ。ルーフェスさんよりは年上かな。低めで少し割れた声は悪くない。
「あの子が・・・。こんなに立派になって・・・」
たっぷりと布を使いながら、動きやすそうな仕立ての服を纏った女性。男性よりちょっとだけ背が低いが、悪くない体格だ。年齢は読みにくい。手元、首元をうまく隠す装いに、調整したようなマダム声だ。
「突然申し訳ないことです。もう会えないと思っていた我が子だと気づいたら、いてもたってもいられなくなってしまいました」
誰にともなく語りながら、男性は歩いてくる。
前世感覚では馴れ馴れしいが、今世の我が国ではありかも知れない初対面である。
ダンとアンナと名乗る二人に、私は席を勧めた。
この二人の接近は、私が目視するずっと前から知らされていた。街のみんなにとっては脅威ではないため、余興扱いで放置されていた。
呆れ顔の白オオカミと、興醒めした顔のドールに挟まれた私の正面である。私の座るソファーの周りには、無表情な黒カラカルと面倒そうなライオンボーイ。
昼寝をしようか、儲け話をナップルさんとしようか考えていた私は、ふむふむと物語を聞くことにした。
オペラ俳優のような張りの声に、オペラのような身振りの男女は、オペラのような物語をしてくれた。
いわく。
「私が愚かだったために、生家に迷惑をかけてしまいました」
我が子と呼び掛けた私に、というより大型肉食獣人達に歌うように語るのはダンさんだ。
名のある家に生まれたダンさんは、いろいろヤンチャをしたあげく、地元にいられなくなったという。
「今ならわかりますが、あの時はわかりませんでした。そこが、境目だと、わからなかったのです」
詐欺紛いの遊びの末にタチの悪いスジに目をつけられ、ようやく目が醒めた。遣る瀬なさに泣く家族の大切さに気付いた。
事態を認識したからといって事態が変わるわけでもなく、後の祭りというものである。
「立場上、家族は不透明な取引には応じません。金で解決、とはいきません。私は、そこの嫡子を騙っていたならず者、として地元を離れました。年恰好の近い縁者が、私になりました。縁者は病死したことになりました。私は近い日に亡くなった見も知らぬ人物のアカウントを握りしめて故郷を去りました」
知っている人はわかるが、アカウントとともに行われたその入れ替わりは、表向き成功した。ダンさんの生家はタチの悪い脅しをかわし、今も繁栄しているという。
「そんな私が各地を放浪しているうちに、このアンナと出会ったのです」
笑みの形に目と目尻を動かした女性アンナさんが私を見る。それから悲しげに目を伏せる。
「私は訳あってアカウントをそのままに家を出ているのです。私とダンの子としてアカウントをつくるわけにもいかず」
よよ、とハンカチを目元に当てる。
「ちょうどその時っ。私の追っ手がっ」
二人、寄り添い、こちらを見る。
「泣く泣く、英雄達の街の孤児院に忍び込んで幼い我が子をお預けしたのですっ」
二人はその後、必死に働き、そこそこの生活ができるようになった。
そうして最近、中央にたまにやって来る白オオカミと幼女に気付いた。もしや、と思い、様子を伺っていたという。
「ああ、間違いない。そのかわいらしい顔立ち、暖かな眼差し」
何かを期待する顔付きが二つ。
私はこそりとカイくんに囁いた。
「私が知るオペラという総合芸術だと、そろそろオーケストラと歌が入るんだけど、まだかな」
さすがにオーケストラは出てこないか。
白オオカミは黒々とした目で私を見下ろした。
「アレクサンドルさんの手配ではない」
ん?
「これ、新しいエンターテイメントの資金集めデモじゃないの」
観客参加型のレジャー的な。参加者に寄せたアレンジを入れて、あったかもしれない生活を夢想させるタイプ。
それは「預ける」ではなく「置き去り」という、とか、街の奥にある孤児院に「忍び込む」のはあなた達じゃ無理、だとか突っ込み所は山ほどあったが、レジャーとしてならまずまずの寄せかただろう。
カイくんはぼそりと言う。
「そこの二人はコーの両親だと主張している」
ほほぅ。
私は髪をかける振りをして、イヤホンを装着した。右耳が大変にうるさくなった。
私は声を張り上げた。
「わー。嬉しい。私にお父さんとお母さんがいたなんて」
棒読みの叫びに、周りはギャハギャハ笑っている。
胆力のある正面の二人が身動ぎした。
「さびしい思いをさせてすまなかったね。赤子の頃の話だから、聞いていた話と違う部分があるかもしれない。これからじっくり話をしよう」
「私達、ようやく落ち着いて生活できるようになったのよ。これからは、ずっと一緒にいられるわ」
笑みの形に整った人間の顔が二つ、私に向いている。
「わぁい。私のパパとママだって。みんなに紹介したいなー」
訓練された表情筋の動きを追う。身体の動きを確認する。
ダンさんは不自然に固定した眼球と、それに抗うような目の潤み。アンナさんは全身が違和感を発している。
私は身を引いて、背凭れに身を委ねた。後ろから指輪のはまった指が伸びてくる。そのまま柔らかな服に包まれた黒カラカルの両腕が私の頭から首に絡み付く。
自称「私の両親」から視線を上げ、ナッジくんの顔と青空の中間に目をやって、声に出す。
「ルーフェスさーん。ハイドさーん。リックさーん。ライトさーん。ナップルさーん。そんなところで騒いでないで、こっちにどうぞー」
右耳のイヤホンから、代わる代わる喚いていた。このダンさんとアンナさんはなかなかの有名人らしい。
人間に近い地域ならまだしも、我が国で、しかも街から来た大型肉食獣人達の前で血縁ネタを騙るとは無知も甚だしい。ここまで無知なのは共和国出身だろう。そして、人間優位の地域が長い。今ここ中央にいるが、我が国に来て日が浅いのだろう。逆に言えば、人間優位の国にいられなくなったのか。
ただ、その短期間で私についてある程度調べている。なかなかやり手だ。
私がこの世界に「発生」したときの詳細は、その場にいた獣人と私の群れ、それからバルドーさん一家くらいしか知らない。その情報がなければ、ダンさん達が話したストーリーは推測でたどり着く妥当な線である。
いまいちわからないのは、手間隙かけているだろう反面、今このときを焦った点である。
「なーにをしているのですか!」
まず到着したのはルーフェスさんとルカさんだ。二人の後ろには、護衛がわりのライオン獣人達がいた。
私は手を振って迎えた。
「お兄ちゃーん。私のパピーとマミーが見つかったよー。お兄ちゃんも要る?」
私の棒読みに、その場にいた人間全員プラスルカさんが絶句した。
ひゃっはは。ヒャッヒャッヒャ。
「コーさん、何やってんすか・・・」
「そういう人間は俺達担当・・・」
「名前覚えてもらえたんすね。げ・・・」
次にやって来たのはブルドッグ達だ。
ダンさん達と知り合いらしい三人組に、私は笑顔を向けた。
「私の両親を紹介します。ダンさんとアンナさんです!」
ギャーハハ!ひゃっはは。ギャハ、ギャハ。
「捕縛で。息があれば金になります。運搬が面倒なので、脚は折らないで下さい。腕なら二本までOKです」
最後に来たナップルさんは、武装した上、王都の強面達に指示を出していた。
「ナップルさん。人間の腕は二本しかありません」
まあ、まあ。ジェスチャーでナップルさんを鎮めた私は改めて紹介した。
「私の父上と母上でーす!」
じゃーん!
あ。ナップルさんの手振りで、「両親」が物理的に身動きできなくされてしまった。
ギャハハハッ。二ャハハッ。
ヒャッヒャッヒャッ。
人間達の沈黙のなか、街のみんなと笑っていたら、大騒ぎとなっていたらしい。
「どうしました。上まで聞こえてきましたよ」
アレクサンドルさんがカーライルさんとともにやって来た。
「私のダディとマミィが会いに来てくれたので。どのアカウントと紐付けようかな、と相性を見たかったのですが」
思いの他、相性がよろしくないようで。
首をふる私に、ブルドッグ達が言い募る。
「相性もなにも。この二人、危なっかしくてムリっすよ」
「度胸はあるんで、はったりで稼ぎはするんすけど」
「ヤバくなると稼ぎ場を移るんすけど、最後に焦った粗い仕事やるんすよ」
「コーさんを狙うとか。中央にすらいられなくなるって、相当ヤバいっすよ」
関わるな、放り出せ、とブルドッグ達が唾を飛ばす。
ナップルさんが背中から怪しげなホルダーを下ろして座り込んだ。
「王国ではちょっとした賞金首ですよ。直近では、金を持ったままの犯罪者から詐欺で金を巻き上げてドロン、です」
大元の被害者は地位のある人間だったのですが、不正蓄財で王国軍も狙っていたのです。証拠を探っていたら、その人間の屋敷で窃盗事件が起こった。犯人を捕まえてみれば、素寒貧。聞けば、投資詐欺に美人局、さらに逃がしてやると騙されていた。
「大元の被害者、カンカンでしてね。届け出た正規の被害額の三倍は奪われたと、もっぱらの噂です。軍も面目を潰されたわけで、責任を押し付けられた中間層の人事がひっくり返ったとか」
まあ、人事については、先の競技場事件も大きいようですが。
ん?
王国軍の人事?
スースさん達と接触NG?
「で、パーパとマーマは、この国でなにをしたのかな?」
「なんと呼んだかすら覚えてないのに、その設定続ける意味ありますか?」
首を傾げた私に、ルーフェスさんがツッコミを入れた。
「アカウントを繋げたときも私のことは呼ばなかったのに。なぜ今は連呼するのですかね・・・」




