苦労人、頑張る
かき、かき。かきかきかき。
現代日本語をベースに、私だけ分かれば良い文字を書き散らかしていく。
窓の外はもう夕焼けに向かっている。応接室にいる人間はポーカさんと私だけだった。後はいつもの獣人組、カイくん、レイくん、ナッジくんである。
一通り話をしたスースさんは屋外に出て、王国人達に何やら指示出しをしたり、巡回のようなことをしたりしていた。
外の人間を気にしたのか、何らかの任務なのか、はたまた室内の話に混ざらない方が都合が良いということなのかもしれない。
「その方は単調な業務NGと。逆に得意な方は?」
私の問いに、窓辺に凭れるように座るポーカさんが答える。
「あの赤髪と、あっちの黒髪だな。もっと得意なのは次か、その次に連れてくる。イレギュラーに滅法弱いのが二人いるんだ」
ポーカさんは窓の外を指差す。私向けの言葉を終えると、隣に立つカイくんに向けて当該軍人の情報を伝える。大きな白いオオカミは几帳面にその情報を書き留めている。
「平時、まあ、ここのところだが、今なら重宝する二人だ」
これも義理のうちかな。そう感じたので、ポーカさんのもったいぶった言葉に一応対応する。
「ならばなぜそのお二人は残らないのですか」
私の言葉に苦労人は器用に片眉を上げてみせた。
「そこは聞くのか」
「聞かなくて良いなら、話さなくて良いですよ」
はっきり言えば知りたくない。
「良くない派閥に気に入られているんだ。本人達の意に反してな。階級差があって、そうそう逃げ回れない。だが巻き込まれたらもっと良くない」
これくらいなら良いか、との目線に肩を竦めそうになる。
最後の判断が誰のものか、私は知らない。
スースさんが退室した応接室は大層実務的だった。ポーカさんはひたすら質問に答え、私とカイくんはひたすら必要な情報を聞き出しては書き留める。
ナッジくんは言葉を発せずに聴いて、対象者を見ている。レイくんは聴いて、窓の外の獣人に合図を送っている。
横目で窓の外を見る。三人の王国軍人達がスースさんを囲んでいた。その輪を外れた王国人達はパラパラと立って周囲を警戒していた。実に疲れそうだ。
ポーカさんが特定した赤髪と黒髪二人の軍人に、やんちゃな獣人達が前後左右から踏み込み、さらには上空からも接近し、スッと離れていく。
「何をするっ」
離れていく獣人達の隙間から現れた黒髪の人間。腰を落として両手に何かを握り込んでいた。
「っ」
赤髪の人間はスースさんに行動を停止させられていた。身に付けている何かを発動させようとして、NG指示がでたようだ。
一方、自由人達は軽い調子である。
「ん?」
「わりーな。驚いたか。そーか、そーか」
「すまんな、ちょっとそっちに走りたい気がしたんだ」
「ぎゃはは」
「すまん、すまん」
「ヒャッヒャッヒャッ。気分がな、そう、そんな気分だな」
これ、王国でやったら罪名がつくのではなかろうか。
レイくんはどうも外の自由人達に、軍人達へのちょっかいをそそのかしているようだった。
庭に散る他の軍人達は警戒している。しかしスースさんは気にするなという手振りを続けている。
軍人達はこの状況にも、そのスースさんの対応にも戸惑っているようだ。スースさんの振る舞いは王国でのそれとは違う。王国内でも組織人だったが、今のスースさんはまた別の組織人らしかった。
つまり今のスースさんは疲れた中間管理職らしかった。
カイくん宅を遠巻きにするライオン達の気配。複数の保護者達の目。
人間達の警戒心と自由人達の奔放さと、人間慣れした獣人の冷徹な観察。そこには、奇妙かつ微妙な均衡があった。
赤髪と黒髪の人間に目を戻すと、振り上げた拳を無理やり下ろすがごとく、身体をギクシャクさせていた。
「そ、そうか」
「・・・、仕方がない」
それで良いのか、王国軍人。
自由人達なら取り敢えず引き倒しているだろう。カイくんママなら「変な気配をさせるのが悪いのよ」と言うだろう。そうして私を見て言うのだ。後はよろしく、と。
「ふう」
叩き台をまとめた私はカイくんの身体に凭れた。
「もし、お役に立つのでしたら」
疲れた顔で外をみやるポーカさんに話しかける。
「中央に一つ、受け皿を作ることもできますよ。我が国の様子を報告したり、有事の際には我が国と交渉する。そのような拠点です。黒オオカミ獣人を名誉連隊長から連隊長にして駐在所をつくるのでも、王国のどなたかと共同出資した法人をつくるのでも」
どちらにしろ、いくつかの組織体は必要である。
「スースさんの傷を小さくする役に立つかわかりません。が、いくつかのカードはあります」
例えば。
「ご存知のとおり、とある殿下ご一行が断続的に街においでです。その護衛のため、との理由が使えるなら、ご一行の事務方にお話をしてみてもよいですよ」
女王陛下の孫娘フルウィア殿下は、律儀に街にやって来る。甲斐性抜群の婚約者と、これまた頼りになりすぎる「ご学友」とともにやって来る。未開の森生まれの三匹を「里帰り」させるために。三匹の立派な成長に長老ガラスが涙ぐみ、怖いふるさとに三匹が涙ぐむ、そんな里帰りである。
ああ、良いな。
殿下第一のウルススさんと、そのおこぼれで潤う商人達に任せれば面倒が減りそうだ。うまくやれば彼らの良い収益装置になるだろうし。またうまくやったな、と彼らの方に注目が集まるかもしれない。
他には。
「中央には、最近王国人が良く出入りするようになった地域や施設があります。自国民のために常設の拠点が必要な時期が来ている、かもしれません」
ほら、この間、こわい「事件」があったじゃないですか。中央で共和国関係者が大暴れした事件。王国の方も多数、現場の競技場?闘技場?におみえだったと聞きましたよ。さぞ王国では問題になったのではないですか。
ポーカさんがわざとらしく肩を落とした。
「こちらもさすがにそれくらいは掴んでいる。元凶も察しはつく。今回の人事も、もとはといえばその事件で人に色が付いた影響もあるんだ」
「そうでしたか。お金に色はないですけど、人に色はありますからねぇ。私達、怖くて中央に行きづらくなってしまって」
カイくんの腕にしがみついた私はもう疲れていた。ふわふわした布地に目を閉じる。
「そちらがそういう姿勢を貫くならそれでも良いがな。あの事件では、あの場にいたことがわかっては都合の悪い人間も多数いた。この国に足止めされて、いるはずの場所にいないことがバレた人間もいた。それを上手く使ったのが、そちらのお仲間だろう」
アレクサンドルさん、また派手に稼いだのだろうか。
膝に慣れた感触。浮遊感がして、私はカイくんに抱えられたようだった。
わずかな振動とともに、白オオカミの声がする。
「なんのことか知らないが、コーの昼寝の時間が過ぎている。人間の子どもが繊細なのは知るところと思う。後はまた、機会を設けよう」
それぞれ担当者が訪ねて行くかもしれない。できればコーが勧めた中央のホテルにいて欲しい。そんな趣旨のことを伝える声と振動を子守唄に、私は意識を手放した。




