ルカさんと一緒
ちらっ、ちら。ちらり。
穏やかなライオンアイを向けられている。年若い武闘派ライオン達の心配性な視線とは異なる。お洒落な装いのオジサマライオンの優しいアイコンタクトである。
英雄達の街の昼下がり。
建物も構築物も通行人もまばらな中央部。普段は私の関係者以外人間がいない、大型肉食獣人達の「すみか」。
そのような場にあって、人間達の社交場のような気配を発するライオン獣人。
ああ、お話ししにいかなきゃ。
ごく自然に、嫌みなくそう思わせるルカさんのコミュニケーション術にしみじみする。私の周りの雑音だらけの人間達とは大違いである。
気にしてくれているんだ、お話ししたいな。ただそれだけを感じさせる視線の投げ方は、簡単に身に付くものではない。大抵、値踏みや露骨なアピールといった雑音が混じる。
本当に品の良い「人間」なのだよなぁ、ルカさん。大多数の我が国の人間にはできないよなぁ、あの上品なアイコンタクト。
三々五々集い来るライオン獣人のなか、ひときわ整った着こなしのオジサマににっこりしてみせる。
気付いていますよー。
「カイくん。お家につく前に、ルカさんとお話ししたい」
私達の群れは、街の住人達に声をかけたり顔を見せたりしながら、カイくんの家に向かっていた。
勿論私達の周りには「お、さっきの続きか」「見ててやろう」「何するんだ(にやにや)」と物見遊山な自由人たちがいる。増えていく。皆娯楽に飢えているのだ。
王国軍人達は、ギースさんとフルちゃんがカイくんの家に案内済みである。案内というか運搬した。街に試験導入した動く金庫多人数用フルシールドバージョンで騒動から回避を図った。ドミーくんの手による遅い昼食も運んだ。今は旅の疲れを癒してもらっている、という建前である。しゃべくり猫も接待役につけたので、まだ時間があるはずだ。
あのピリピリした空間からの、軍人達の離脱はなかなかに上手くいった。カイくんの差配で無口組を運転席と助手席に、動く金庫がすぐさま用意された。
無口組は本当に無口なので、足して三で割るとちょうど良いナップルさんも召集した。そうして、ナップルさんが王国軍人達とコミュニケーションしている内に退路を絶って、ナップルさんを含む王国人達が動く金庫に入らざるを得ないよう誘導した。
ナップルさんは「何故こちらに」「店は大丈夫ですか」「え、軍の休憩許可ポイントに指定したって何ですかそれ」等と、積もる話がありそうだったので、「カイくんのお家でおもてなししていてください。私達は後から行きます。その方が皆さん落ち着くでしょうから」とお任せした。
身体の大半を車内に置いて話していた猫は「え、ちょっと、そんな勝手は、」と叫んだが、発進した動く金庫の機能により車内に収納された。
カイくんのお家は街の中で一番、王国人の住居に近い。街中の空き家やナリスさんの別荘は家具に偏りがある。私の家はギャラリーとシェルターの中間で、王国軍人に落ち着きは与えられない。寄合所は大型肉食獣人がふらふらしていて論外だろう。ライオン達の駐在所もそうだ。街中の店も同様である。人間の店はワケアリがいるし、獣人の店は警戒するだろう。
カイくんのお家について、唯一の心配はカイくんママだった。が、長老カラスが「相棒と一緒に連れ出しておく」と羽ばたいていったので安心してお任せした。
そうして捻出した時間を使って私は街の反応を見つつ、対応パターンを考えていた。スースさんから、分かりやすい打算のにおいがしていた。分かりやすい、というか、無理やり思い込もうとしている打算のにおいだ。
「一緒に乗ったらどうだ」
隣の白オオカミはつい、と視線を反対隣に向ける。そこではナッジくんとシロくんが動く金庫の「強度試験」をしていた。虹色が輝いたり視界から消えたりしている。感覚がおかしくなるのでやめて欲しい。
「コーが乗っていれば皆、おとなしく触るだろう」
俺も乗る。少し疲れた、とカイくんが言う。
「ルーカーさーん。乗りましょー」
すぐさま私はカイくんの腕の上から声を上げた。大きく腕をふって動く金庫を示す。
数メートル先ではなんとなく、ライオンのオジサマが苦笑したように見えた。
あ、そうか。せっかくのアイコンタクトだった。
ライオンのお兄さんお姉さん達に誘導されたルカさんと、カイくんとともに動く金庫に乗り込む。
「面白い乗り物だね。遠目には、何か分からなかったよ。中は快適そうだ」
王国から元軍人達が運んできたという、生地たっぷりな服をさばきながらルカさんが言う。動く金庫に乗り込む動きはまさに良家の風を感じる。見惚れていたら、服がきれいに座面におさまっていた。
よいしょ、よいしょ。
「そうなんですよ。王国だと、公共交通機関に何台か納入実績があると思います」
カイくんの腕から座面に移りながら、取引先の王国企業の名を告げる。
「ああ。報道でみたよ。同じものなのかい。このような小回りのきくものなのだね」
それにこの外装、奇抜だね。中は意外だね。
珍しそうに内装を見回すライオン獣人に、私は笑いかけた。
「街にあるものは全て永遠のテスト機です」
「どういうことかな」
市販機は、窓やドア部分が透明に近い。中の様子がわかる一般的な強化素材でできている。
対して、最近街に納入されてくる動く金庫は中が見えないものが多い。今日王国軍人達を運搬したのもそうだ。黒塗りで外から中が見えない。
「なにかと物騒なので、自粛しているのです。研究開発だけなら自由です。街はテスト場でもあります」
この機体はおそらく、王国のお城の中枢まで突破できます。
言った私を、静かに驚きを湛えたライオンアイが見た。
「攻撃を反らして、突き進むだけなら、ですが。内緒ですよ」
中が見えないようにした最新の「動く金庫」は、黒塗りバージョンと虹色バージョンがある。正直、見た目のインパクトでごまかしているだけで、機能も素材も全くの別物である。
見た目が違い過ぎるので、外部に対して目眩ましになっている。なんだ見た目だけ違うのか、サイズだけ違うのか、と。
「まあ、中が見えなかったり、視界から消えたりするのもダメな地域もありますけれど。それも込み、です」
街にはそんな決まりはない。なぜなら自由人達は、気になれば暴きにいくし、気に触れば壊そうとするからだ。
「なんというか。恐ろしいね。不文律の世界だ」
「うーん。そうなんですよね」
最初開口部全てはマジックミラーになっていた。が、不自然な反射に街の獣人達がそわそわした。気にして仕方がなく(ちょっかいをかけたくて落ち着かなく)なったので、黒塗りにチェンジした。
ところがそれはそれでこの、ある意味オープンマインド溢れる街で目立った。中に誰がいる、何がいる、ととりつくやんちゃ獣人が続出した。
そうなるとわかっていながら、王国軍人達を乗せてカイくんのお家に運んだのがそれである。
「王国軍人さん達は、最初、黒塗りの動く金庫に興味津々だったみたいです。動きだしたら、皆がちょっかいをだすので神経が休まらなくなったようですが」
さっき様子を見に行って戻ってきたレイくんが教えてくれた。
黒塗りが気になるならば逆に派手に、ときらきらした光学迷彩もどき(研究中)を採用したのが虹色バージョンであるが、これはこれで街の住人達に大人気である。
「大丈夫なのかな。そんな機密のような技術に彼らを触れさせて」
「街の皆がどれくらいの力でいじっているかは、中からはわからないはずです。あ、スースさんはひょっとしたら」
カイくんパパに慣れているなら、もしかしたら察するかもしれない。
たまに視覚を狂わせるこの乗り物を、面白い、気に入った、気に触る、気が散る、苛つく等々様々な感想とともに、街の獣人達はいじくり回していく。今私達が乗っているのがそれである。市販の動く金庫なら傷が付く、その衝撃を無傷で凌いでいる。
今もまさに急降下した鷹のお姉さんが、ヒョイと屋根に乗ったと思ったら、一つ頷いて去っていく。私達の気配に気づいたのだろう。
そんな何台目かの「テスト機」を、カラカルとドールもついさっきまで押したりつついたり蹴ったりしていた。たまに街の獣人がいじり出すと離れ、飽きられるとまたカラカルとドールが押したりつついたり蹴ったりしていた。
「テスト機」は、市販機と強度が桁違いである。なにしろ「未開の森踏破」を目指して試作が繰り返されている。テスト機の本質、開発者の目指すところはこれである。だがそんなものは争いの手段にされるだけなので、その技術は囲い込んでいる。公開予定はない。
実質大株主である私の群れとカイくんパパが「テスト機」扱いをするので、英雄達エディションは永遠に「テスト機」のままである。
外に出すとしても、私の群れの奇抜な移動手段として、なのだ。
そして、そこで機能が発揮されるような事態になれば、それは、それこそ「それどころではない」状況なワケである。
「スースさん、とはひょっとして、近衛のスース小隊長かい」
スースさん、そんな役職なんだ。
「お知り合いですか」
ルカさんは柔らかい笑顔を作った。
「楽しい逸話を沢山聞いたことがある。実家では人気者だったよ」
実家の誰も会ったこともないのにね。
スースさん、何をやらかして来たのだろう。
しばらくして、するすると進む車内でルカさんは切り出した。
「実家から来た彼らや、今日来た彼らに話して良いことや悪いことを教えておいてもらえるとありがたいんだ」
もちろん、会わずにいた方が良いならそうするよ。
優しい表情で真面目な声音のルカさんが私を見る。私は瞬きして答えた。
「何の縛りもありません。ルカさんは思うがままに振る舞っていてください」
さっきの内緒話にしたって、別に話さざるをえないとルカさんが思ったら話してもらって構いません。
私の言葉は、ライオン獣人の立派な耳をふりっ、とさせたようだった。私の目と意識はルカさんの頭上に釘付けになった。
「技術も、モノもあるが、流出させることはない。外から利用されないと自信がある」
だから構わない。
カイくんが補足する。
「ルーフェスさんの、隠れ蓑、寄り親、寄る辺、みたいなアレクサンドルさんという変人がいます。その人の悪癖の一つに、癖の強い人材を集めるというのがあるのですね」
その悪癖でもって、各国が見落としたり見放したり逃げ出されたりした人材を集めて好きに研究開発してもらっていたりもするのですが、まあ、その成果物は世に出たら色々都合が悪くなる人や地域があるのですね。玉突き事故の如く。
そう、例えば。とうとう見放されたハングライダーもどきの作製者は、動く金庫の開発者会社に迎えいれられた。その素材の扱いとデータとともに。彼の持ち込んだデータにより、動く金庫の街バージョンの強度は飛躍的に向上した。
高く高く飛ぶ獣人に掴まれて、速く速く飛ぶ獣人に運ばれて、好奇心旺盛な獣人のちょっかいを反らしつづけた機体は、新しい強化素材と新しい加工法で作られていた。
「街に秘密はないはずです。少なくとも私はそれを知りません。唯一の弱点は私達ですけれど、私達はこうして万全の態勢で見守られています」
にっこり。
気を取り直したようなルカさんが問いを重ねる。
「純粋な疑問だから差し支えない範囲で答えてくれてよいんだ」と前置きをしてから「ナップルさんとルーフェスさんのことなのだけれど」と続けた。
「なぜ、ナップルさんはあれ程コーお嬢さんに傾倒して、なぜ、ルーフェスさんはあれ程コーお嬢さんに対する感謝が淡白なんだい。ざっと教えてもらった顛末を考えると、逆の気がするんだ」
「ああ。それは、ナップルさんにとっては晴天の霹靂で、ルーフェスさんにとっては当然だったからです」
ライオンの耳がくるり、とした気がした。私はずい、とルカさんに近寄って、白い手によってカイくんの膝の上に強制移動させられた。
「ナップルさんは基本、一人で生きて来た人です。そうしないと生き抜けなかった環境で生きてきていますから、もうそういう生き方になっているのですよね。いざというとき、見捨てられることが当然と染み付いている人です。ルーフェスさんは、みんなで生きて来た人です。助け合って、手段も方法も選べて当然なのです」
だからといって、ルーフェスさんが恩知らずというわけでもない。
「確かに、表面上は似ているかもしれませんね」
本質は全く異なるにしても。
「コーお嬢さんの群れはみなそう言うね」
私の群れはドミーくんとカイくん以外、ナップルさん寄りだ。二人にしても、ルーフェスさんとナップルさんの本質はわかって接している。
「ルーフェスさんと同じことをナップルさんにしようとしても、途中でナップルさんに止められることでしょう」
イケオジライオンは首をふった。
「難しいね、難しい。やはりこの街は私にはハードルが高いようだ」
やっていける気がしないよ。
そう言ってふるりとしたライオンのしっぽに伸ばした手は、オオカミアームに封じ込められた。




