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マッサージと引導、あるいはセカンドキャリア

さす、さす。ぎゅ。さすり、さすり。きゅ。

小さな小さなフクロモモンガの手が、一生懸命動いている。ごついごついおじさまの背中をマッサージしている。


バルドーさんはくぐもった声でのんきに言う。

「ヒューイのマッサージは癒されるなあ」

ゴリゴリの身体に対して、フクロモモンガの手も体重も、誤差以下だろう。私は半眼になった。


長年の使用者達が置いていったのであろう雑多なものに満ちた部屋。その床に、見慣れた慣れた装備がゴロゴロ落ちている。装備の先にあるベッドに、バルドーさんは寝転がっていた。



幼なじみなネガティブ二人組とともに朝寝した後、私はカイくんとともにバルドーさん捜索に出た。といっても、ナリスさんの家を出て、目の前をたまたま散歩(見回り?)していたクマ獣人に「バルドーさんはどこにいるのかな」と聞いただけの「捜索」である。


「面白そうだな。付いていってやろう」と混ざってきたアナコンダやオオトカゲを加えた暇な自由人達の真ん中を歩いてきたら中央のある建物にたどり着いた。


バルドーさんは護衛仲介組織の入る建物の二階で伸びていた。自由人達が全く心配していなかった通り、重傷を負ってもいなかったし、流血してもいなかった。ただ、隠しきれない疲労を漂わせていた。


仮眠室で寝ていた彼は、起き上がって「なんだ、どうした」と言った。護衛仲介組織の受付を顔パスで階段を上り、トントンバタンと扉を開けた私達におどけてみせた。



受付のおばさまや中型獣人は仕事を放棄したわけではない。我が国では当たり前の対応である。


英雄達の街の自由人達に歯向かっても良いことはない。彼ら彼女らは基本我が国では縛りがない。共和国といくつかの地域関係以外、大概の場所は顔パスである。何かあっても後始末はケインくん(イケニエ)コー(わたし)の仕事だ。それにしたって自由人達は「鼻がきく」ので、そうオオゴトにはならない。概ね相手も後ろ暗い。



起き上がったバルドーさんに向かって、カイくんが「寝ていると良い」と静かに言った。


ははっ、と笑ってバルドーさんは、そのままベッドへうつ伏せになった。


リュートくんとヒューイくんはバルドーさんに無言で寄っていった。リュートくんの鞄から飛び出たヒューイくんがバルドーさんの背中に飛び乗りマッサージをはじめ、リュートくんが慣れた様子でバルドーさんの関節を動かしたりしだした。


一家が漂わせている日常感。それを肌で感じて、私はカイくんとソファーに座った。


自由人達は室内を確認した後、「外にいる」と出て行った。


私は棒読みで声をだした。

「おじさんのこと心配だなー。そろそろ落ちつかないかなー」

室内の訝しげな視線を感じるまま続ける。

「たまの遠出は良いけどー」

カイくんに凭れる。

「知らない寒空の下、倒れてたらやだなー」

すりすり。柔らかな服地に懐つく。


強面オジサマは怒らなかった。くしゃりと顔を歪めて笑った。

「ははっ。引導を渡すのはコーか」


私は呆れ顔を向けた。

「自分が一番わかっているのじゃないですか。だから最近街のみんなと一緒の仕事を増やしているのですよね」


バルドーさんは最近私達の前によく現れていた。今や街にとって身内である。


しかし、私が「発生」する前は「たまにくる害のない人間」程度だったはずだ。


私がいろいろ頼んだり頼まれたり、カイくんが私の「育児」で手助けしてもらったり、リュートくんとヒューイくんが一家になったりしていくなかで仲が深まった。それでもまだ、彼は一応、仕事の幅があるはずだった。私はそうなるように体裁を整えていた。


私達との同行にしたって、人や組織を介して依頼を出すことも多々あった。王国のヴァイルチェン家やルーフェスさん関連の人の名を経由した。


しかし彼は、私の知らないところで街関係の仕事を増やしていた。とどめは、元王国軍人がリュートくん達にかけた「君達はバルドーのところの子だろう」「街のことを話して良いのか」発言である。



強面オジサマは組んだ両手に顎をのせてもごもご言う。

「こうなる前に野垂れ死ぬと思っていたんだがなぁ。ありがたかった、と感謝すべきなのか。情けないと嘆くべきなのか」


「感謝したら良いのではないですか。何に、かは知りませんが。守るものができた幸せに」

私の言葉にリュートくんとヒューイくんが身動ぎした。

「おい」

バルドーさんのたしなめる声音に、首を振る。

「自業自得、逆恨み、当然の末路。私達みたいななりわいしかできないと、一人で迎える最期が身近ですけれど。バルドーさんにはいるじゃないですか」

最期を心配してくれる人が。


私にはいなかった。

欲しいとも思っていなかった。知らなかった。それが私の強みだった。


だが、それが、前世の死の原因だったのかもしれない。


「守りに入る、とも言われますけどね。できるだけ、幸せですよ。お互い、鈍ったら終わりの世界じゃないですか」

商人の真似事は下手くそだが、この人の本質はシビアな武力の世界にある。


「バルドーさん、本能的に選んだのではないですか」

落ち目、とみられたら喰いものにされるのは私の前世と同じであろう。業界に知れ渡ると、逃げ切るのは容易ではない。そのときに寄る辺があるかないか。それには、自分の生き様が跳ね返るのだ。


「コーに言われちまうと、たまんねぇな」

出会った頃のバルドーさんの口調だった。


リュートくんとヒューイくんが落ち着かない様子をみせた。カイくんのしっぽが降ってきた。


白いふさふさを撫でながら言う。

「王国のマッチョさんみたいにセカンドキャリアをスタートしてください。手始めに、中央の護衛仲介組織(ここ)、おまかせしたいので」

この世界でどう翻訳されているのか知りませんが。

私の解釈では、引導とは、導くものなのですよ。


「ここ、前々から欲しいな、と思っていたのです。今回の落としどころとして貰うつもりです」

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