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白オオカミと通貨

カスッ、カスッ、カスッ。

う、うーん、後もう少し。

伸ばしきった指先が、ふさふさの葉っぱに埋もれた紙飛行機にかする。

今こそ成長して、私の手足!


不器用で運動ダメダメなコーさん四歳はただいま地上三メートルの木の枝に腹這いでぷるぷるしている。


精巧な印刷技術をうかがわせる紙飛行機の翼部分が私を勇気づけている!


体の関節という関節を伸ばしきるっ。ふぐっ。


伸ばした手が翼を掴んだ。

ゆっくり引き寄せる。


間違いない。

はるか遠くにあるという王国のシンボル時計塔と女王の肖像の一部が見えている。

あたりだ。

にんまりする。



ずるずると、見ている人がいたらイライラしそうな速度でやっと木から下りた。

ふう、疲れた。


気分を上げよう。

大事にポケットに入れていた紙飛行機を取り出し太陽にかざす。

これこれ。

よし、あとひと仕事だ。


「まずそのすり傷を気にしろ」

イライラ見ていた人がいた!


託児所の建物の影から二足歩行の白いオオカミが姿を現す。

上品な衣服からのぞく白銀の毛並みが、太陽の光にキラッキラッしている。

昨日嫌がる彼を押さえつけてブラッシングしてよかった。


「大丈夫大丈夫。後で洗っとく」

汚れないようぎりぎりまでまくっていた袖と裾を戻す。

この街で流通している洗濯石鹸は繊細さに欠ける。生地と手肌が荒れやすい。

そのため私の服は極力汚さないことになっているのだ。


「他人の傷は大騒ぎする癖に」

「カイくんのデリケートな身体に菌が入ったら大変でしょ。大きな病気になっちゃう」

白オオカミの彼はなにかと私のお兄ちゃん的存在になってくれるカイくんだ。


後数年で成人認定される少年で、両親が遠くに仕事に行くと私の住家である孤児院(といっても実質は街の寄合所)と併設された託児所に来る。

立派な家があるのに、家の戸締まりをしてやって来て、保父さんをしてくれるのだ。主に私の。


初対面のとき、私が感動のあまり硬直していたら、怖がっていると勘違いしてシュンと下を向き、「俺、こわくないぞ」と言った。


私は勿論その姿に興奮した。

飛びついてもふもふした。


カイくんが事態の認識ができないのを良いことに、大人に引き離されるまで自分の二倍あるオオカミボディを堪能した私はなぜか、その日からカイくんの保護対象となった。

大きなオオカミのお兄ちゃんに私はそれはそれは懐いている。


「肌が露出している方が危ないだろう」

「すぐ状態が分かるから対処しやすいんだよ」

ふさふさの毛皮の奥だからパッと見て人間の私には彼らの傷が分からない。

嗅覚で気付けないから毛並みや動きの違和感や表情で察するしかないのだ。

毛並みのツヤが衰え出したりしたら私の身がもたない。


私? 私は前世今世計約四十年の経験知がある。

自分の傷がヤバいかヤバくないか大体分かる。

これは水で洗って自然治癒だ。


「どこにいくんだ」

カイくんが歩き出した私の後ろについてきて言う。

「持ち主にホントに要らないのって確認するの」


この紙飛行機は託児所の子が持ってきたものだ。

しばらく遊んで飽きかけたところで高い木に引っかかり、まあいっかと放置された。


なぜ知っているかって? 

紙飛行機の素材に心当たりがあったので何かと交換してもらえないかと近くで勉強するふりをしていたからだ。


大型肉食獣人が大多数を占めるこの街で紙、とくに薄い紙は人気がない。

彼らの手では「すぐ破れてしまうから」というのが、表面的な理由だ。


そしてこの紙飛行機の材料となった紙は、この街の住人相手には他の土地で持つ価値をほとんど持たない。他の街と交流が頻繁にあれば違ったのだろうが、ここは辺境の地である。


「もう捨ててあったようなものだろう」

カイくんの呆れたような声音。

顔を見なくても、またか、という表情をしているだろうことがわかる。


「ひょっとしたら後から取りに来ようと思っているかも。みんなの手前取りに行けなかった可能性が」

「あー、分かった分かった。おーい」

カイくんが別のところで遊んでいたグループに大きな声をかけた。

私の手から紙飛行機を取り上げ頭上で振る。

「これとれたけどもらっていいかー」

「いーよー」

ほら、と紙飛行機が私の手に戻ってきた。


「これが人徳か」

称える眼差しを向けるとカイくんはぽふっと私の頭に分厚い手を乗せて言った。

「コーが回りくどいんだ。動きも言葉も何もかも」


紙飛行機を折り戻して長方形の平面にする。

ちょっと爪痕的な傷みがあるが十分流通する。


「王国紙幣だろう。どうするんだ」

額面はそれなりなのに、カイくんが全く興味なさ気に聞く。

「ここでは使えないけどね。お金はある方が選択肢が増えるんだよ」


これは、この街から遠く離れた人間優位の国、通称「王国」で発行された紙幣だ。

「コーは人間だからな。行きたいのか、王国に」

「経験として行ってみたいけど、私はこの街が好きだよ」

複雑そうな顔をしたカイくんを笑顔で見上げる。

身長差がありすぎて、首を晒す感じになる。

もうちょっと成長したい。


この街でも紙幣自体は稀に流通している。

しかし、基本、地元民である獣人たちは紙幣お断りだ。

短期間で入れ代わる人間の商人が他の街に移動するとき、稼ぎをこの街で主流の硬貨から、かさ張らず軽い紙幣に交換、つまり両替するかどうか。


たまに獣人が外でもらって崩し忘れて持ち帰って、人間の店で使いもしないものを買って硬貨にしたり、タンスにしまって忘れたりもする。

ただ、それもこの国発行の紙幣の話で、他国のものとなるとそのまま使えない。


為替レートでいえばこの国の通貨は弱い。外国紙幣はそれなりの額になるはずだ。

しかし外国為替手数料が高く、何より扱うのが獣人蔑視のつよい共和国の両替商であることが多い。


どれ位獣人蔑視が強いかというと、獣人達が「不快な思いをする位なら」と紙幣を紙飛行機にして子どもに与えてしまうくらい。


私が慣れるのに苦労した文化の一つだ。

そもそもこの肉食獣人の街では、貨幣による価値の保存が十分には機能しない。

貨幣が、価値の保存機能も、交換(決済)機能も、尺度をはかる機能すらも十分に発揮していない。

背後に人間いわく「未開の森」があるために、衣食住は森から調達できる。人間はできないから「未開」だが、獣人達にとっては気楽な狩り場で街の「倉庫」だ。


必要なものを必要なだけ取ってこれる圧倒的強者達には通貨を集める習慣がない。

やむにやまれぬ仕事で他の街に行ったり、好奇心の強い子どもが旅をするときにやっと活用されるくらいだ。

ちなみに、獣人が営むお店は物々交換ウェルカムである。


この世界全体ではそれなりに貨幣経済や資本主義が行き渡っているらしい。

人間社会、共和国ではとくに顕著だそうだ。

時々ふらりとやってくる人間、バルドーさんが教えてくれた。


ただ、私が感じるところでは、もう少し何かがある。


これらの状況を総合的に判断すると、獣人社会と人間社会の感覚の違いがオオゴトにならないよう備えることが私のできることではないか。そう密かに決意したので、今はその準備期間中である。

 


「気が済んだなら手当するぞ。コーの血の匂いがするとみんな心配して集まって来る」

カイくんがオオカミフェイスをクシャッとさせている。なのに耳が倒れていて不可思議な様子だ。


しっぽはどうなっているのかと後ろに回り込もうとしたら、ふわっと腕で胴を掬い上げられた。あっという間にカイくんの腕におすわり状態である。


ふわふわの首周りにしがみつきながら後ろを見たら、カイくんのしっぽが元気なくダラーンとしていた。


私は反省しておとなしく運ばれることにした。

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