コストパフォーマンスと心情
ぴょん。ずーり、ずーり。ぴょん。
ヘビのノルさんに運ばれている。
一緒にとぐろの中でおとなしくしているカイくんとシロくんが暖かい。
「コー、大丈夫か。もう少しだろう」
薄暗がりのなか、すぐ近くでカイくんの声がした。
「大分楽になったかな」
ノルさんは寄合所で激しく跳ねた。ノルさんのとぐろの中でリズムに乗り切れなかった私は少しぐったりしていた。といっても、カイくんとシロくんが一緒に巻き付かれていたので倒れることもない。
ノルさんがぴょんぴょんしているうちに長老カラスが寄合所にやって来たようで「お客人達、お騒がせして申し訳ないことじゃ。お、その中か。ちょうど良いな。相棒の所にいくぞ」との声がしたと思ったら、こうしてノルさんのとぐろで運ばれることになったのだ。ノルさんは気を使ってくれたのか、ゆっくり動いてくれている。
元軍人さん達は寄合所に残して、辿り着いたのはカイくんの家である。つまりは黒オオカミ邸である。
玄関でとぐろから解放された私は大きく伸びをした。
「ノルさん、ありがとう」
「どういたしまして」
ずり、と胴体を擦り合わせて、ノルさんは襟元を整える。
心行くまで衣服をただしたノルさんは、すりすりゆったり去っていった。
あれで着方が乱れないのは不思議すぎる。私はいまいちヘビ型用衣服の仕組みがわからない。
勝手知ったる黒オオカミ邸。
カイくんパパに言わせると、カイくんママの「戻る場所」。
そんな建物内にある一部屋に、私達は落ち着いていた。
「あの元軍人さん達、必要な調査は完了したのですか」
カイくんに凭れながら、カイくんパパにたずねる。シロくんは反対隣で、カイくんパパと長老カラスを警戒している。
カイくんパパはおおらかに笑って答えてくれる。
「コーにはお見通しか」
「なんだかんだ言って、彼ら、まだのんびりしていますし。何より、行動がちぐはぐですから」
ルカさんを連れ戻しに来た、という「ルカさんの実家の人間」。元軍人である彼らの行動は、矛盾に満ちていた。
ルカさんを安全に連れ戻すだけなら、ライオン達や街の肉食獣人達を同道させるのが最適である。最短で英雄達の街に着きたいなら、道中のトラブルはまず、現地のプロに任せるのが効率的だ。ルカさんを連れ出して速やかにミッションコンプリートしたいなら、街中、しかも大型肉食獣人エリアで人間の少女がどうしているかなど気にしている場合ではない。現地の獣人に武器を向けるなど、脱線もよいところだ。
他にもあるが、つまりは、無駄な労力、コストをかけすぎている。
彼らがそういうタチ、という可能性はない。
バルドーさんとナップルさんの評から、かけ離れている。先ほど彼らの行動をこの目で見たわけだが、この分野において、私は自分の目よりバルドーさんとナップルさんの評を信じている。それに、元軍人達が武器を構えていても寄合所の自由人達は全く気にしていなかった。あれはきっと、発砲する気がなかったのだ。
推測するに、彼らにはルカさんを連れ戻す以外に目的がある。むしろ、そちらが本題だ。彼らのやって来たことを辿ると、それはおそらく、この辺りの実態調査だ。不測の事態への対応や現地民の潜在能力あるいは戦力を測っているのではないか。ナップルさんの調査では、彼らはもう少しで王国人のキレイなアカウントが貰えるところまで来ているという。王国軍から示された最後の条件は英雄達の街の調査ではないか。
私は、そんなことをとぐろの中で考えていた。
「そうだね、さっき地下の武器庫を見せてきたよ。そろそろ満足するのではないかな」
黒オオカミは何でもないことのように言う。
「武器庫。あの、コレクション部屋みたいな地下室ですか。なるほど、あの部屋はこういう時にも使うのですね」
街には、この世界の武器暗器を展示した地下室がある。
手に取らない限り見た目には分からないが、展示品は万が一にも暴発等しないように加工又は破損させてある。一応重火器もある。街の獣人達はそこで、一通りの機能、性能、構造、匂い等を学ぶのだ。私もカイくんと勉強しに行った。
ただ、クセの強い匂いが多い武器類は獣人達のお気に召さない。使えないし、使わないので、私に言わせると、本当に一揃え教材としてコレクションしてあるだけである。
「備えがある、味方が備えてくれている、と安心する。わずかの備えしかない、おそるるに足らず、と安心する。王国軍人には、どちらのタイプもいるからね。こんな面倒なことをしなくとも、聞かれれば答えるし、見せるつもりはあるのだがね」
黒オオカミはゆったりと笑う。
「真正面から労力なく得た答えよりも大事なのだろうね。考えを巡らせて得た結果のほうが重要であってほしいと思う、その心情はわかっているつもりだよ」
コストをかけたらそれに見合う成果が欲しい。それ以上の成果が欲しい。
投資行動において、この心情のコントロールは、なかなかに難しいものである。
逆の立場なら、付け入りやすいし、コントロールしやすい、と言える。
「私が手を出してしまったのはまずくありませんでしたか」
黒オオカミの邪魔をしてしまっていたらどうしよう。
「大丈夫じゃ。あの狩りレースはプラスに働くはずじゃ」
長老カラスが言う。
「彼らは立ち回りをよくわかっている。ほどほどにことを大きくして、王国にも事件が伝わるようにしている。列車強盗も、砂漠地帯の件も、わざとだろう。狩りレースの件も感謝しているはずだよ。調査事例が増えることになるからね」
黒オオカミが頼もしい。
私達はうんうん頷き合って、よもやま話を始めた。




