蛇とさそり
キュウゥ。きゅうぅ。きゅう。
今日の搾りたてジュースは、とりわけ酸っぱい。
私と一緒に、リュートくんとヒューイが顔を萎めた。
フクロモモンガなヒューイくんがまん丸おめめをきゅっとする様に、私は本当に「きゅう」と言ってしまった。
ご機嫌斜めなクロサイボーイとドールがカート内に引っ込んでしまったと思ったら、人間らしからぬ身軽さの少年とフクロモモンガが姿を現した。
二人の保護者を自称するバルドーさんは、昨夜から今朝にかけてトールさんに付き合ったらしい。
被保護者を自称する少年達によると、強面おじさんは達は自由人達を明け方まで押し止めた後、酒盛りに移行し、ついさっき寝付いたという。
バルドーさん、お酒よりジュースだったよね。
よほど疲れていたのかもしれない。
リュートくんとヒューイくんは騒動に関わらずにルーティンをこなし、いつも通り寝て起きた。そうして、バルドーさん達を起こさず静かに我が家に来てくれたという。
二日酔いだろう保護者のためにいろいろ枕元に置いてきたというから、ヒューイくんを撫でてあげようとしたら威嚇されてしまった。
そんなこんなで二人を歓迎し、三人であおったジュースはパンチが効いていた。
これはドミーくん、わざとかな?
そろそろとクロサイを見てみる。
垣間見えるドミーくんはリズミカルに小麦粉を練っている。その力の入り方に何かを感じてしまいそうになる。
ランチの仕込み?
ドミーくんがこんな時間に食材を扱う姿に馴染みがないような。
カイくんと私が揃った今、ドミーくんはもう口を開く気がないようだった。同じ雰囲気のシロくんと、キッチンカートの中に納まってしまっていた。
触らぬ神に祟りなし。
私はカイくんを見上げて聞いてみた。
「なんだろう。ナップルさん、思い詰めちゃってるのかな。ネコなのに。あ、ハムスターだから生き急いでいるのかな」
カイくんは、レイくんに活動を制限されてへたっているナップルさんを眺めていた。
そんな白オオカミが慎重に言葉を発する前に、リュートくんとヒューイくんはレイくんと情報交換を終えていた。
リュートくんがやれやれ顔をして口を開いた。
「ナップルさん、王国で働きすぎだよ」
ヒューイくんが細長いしっぽをふるりと動かす。
「最近、関わる人間が偏り過ぎだ。人間とのやり取りが見ていられない」
あれ。ナップルさんのオン・オフは、そっちだったのか。
カイくんがようやく言葉を発する。
「ナップルさんもリフレッシュ休暇が必要ということだろう」
私は首を傾げる。
「経営者なのに」
「雇われ、だ」
気兼ねしているのかな。
「うーん。ナップルさん、オリーブの店、名実ともに自分のものにしてみますか。今回の騒動が決着して、オリーブの店の権利をまとめる道筋をつけるまで、そうですね、フローリッシュにでも滞在してみてはどうですか。小柄でエネルギッシュな獣人達が、それはそれは魅力的な地域ですよ」
ナップルさんの現有資産がどれ程だろうと、その意思があればやりようはある。
私の言葉に、萎れたネコが声を上げた。
「コーさん。僕の主張をさらっと流していませんか。わざとですか。わざと話をすり替えているのですか」
「ナップルさんが何を気にしているのか、分かると言えば分かるのですが」
きょときょとするネコに笑いかけてみる。
「私のような生業しかできない人間が、蛇蝎のごとく忌み嫌われた時代や地域があるわけです。この世界でも感じていますよ。アレクサンドルさん達も、街のみんなだってそうでしょう。特にアレクサンドルさん達は派手ですから、風評被害だって散々経験しているはずですよ。電話を聞いていたなら、わかりますよね。あの人、楽しんでますよ。ここでナップルさんの言うような共和国的決着などしようものなら、逆に失望ですよ」
「蛇蝎って」
「私は蛇もさそりも好きですけれど、そういう問題でもなくてですね。まあ、身の引き方や隠し方を、わきまえていなければいけなかったわけです。そのタイミングはもう本能レベルで」
脳内招き子猫が教えてくれる。
ぽわり。
カイくんがしっぽを寄せて来てくれた。
大丈夫、大丈夫。




