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猫とクロサイ、時々ドール

はあ。はい。はい。

張りのない声が耳に入ってきた。


朝日に包まれるようにして庭に出た、爽やかな朝。

澄んだ空気もきらめく緑も打ち消す、うつろな相槌が気になる。

音に反応して顔を向けると、覇気のない声の主はナップルさんだった。


「はあ」

「これはね~。前にコーとカイくんが中央から買ってきてくれたのだ~」

「はい」

「苗木をここに植えたらね~、酸味の強い実がなるのだ~。カイくんは加工しないと苦手なのだ~」

「はあ」

「中央だと純粋に甘かったんだって~」


相槌の相手は、元気一杯なドミーくんだ。

ナップルさんの側にはシロくんもいる。

ナップルさんの身体に隠れながらちろちろ見えるあのしっぽは、もしかしてレイくんかな。


「土壌かな~。気候かな~。水も空気も違うからね~」

「はあ」

「それに、苗木自体改良中だったかもしれないのだ~。性質が安定していない気もするのだ~」

「はあ」


我が家と寄合所の間、みずみずしい緑の上に固定されたキッチンカート。そこから引き出された椅子にナップルさんが座っている。いや、座らされている。

ドールとライオンボーイによって巧みに動きを制限されているようだ。


それにしても、シロくんは昨夜、なぜ急に我が家を出て行ったのだろう。嬉しそうだったブラッシングもなしに。

ワケを知っていそうな黒カラカルは、ブラシを握ったまま、まだ夢のなかだ。

ナッジくんは私が寝落ちした後、いつの間にか寝付いたようだった。

野性の強い黒カラカルは、自由人達のなわばりなら私から離れられるようになったのだ。


「カイくん達が直接買った相手は無害だと思うのだ~。でも、その人に売った人、更にその人に売った人、と辿れば違うかも、なのだ~。今度中央に行ったら探してもらうのだ~」

「はあ」

「品種改良は長期プロジェクトなのだ~。長期のプロジェクトには、お金の面でも手が必要なのだ~」

「はあ」

「良いお酒づくりはトールさんが飛び付くのだ~」

「はい」

「同じようにね~、・・・」


あの果物は、私からするとグレープフルーツを少しだけ甘くしたようなものだ。少しぼやけた甘みで、ドミーくんと朝絞ってよく飲んでいる。時々カイくんも微妙な顔をして飲んでいる。


キッチンカートは街のあちこちに出現する。自由人達のリクエストやドミーくんとタマリン三人組の気分による。それにしても、こんな朝早くに出動しているのを見たことがない。

そのキッチンカートには今、いつものタマリン達の代わりに、レイくんがいた。


レイくんの姿を見るのは久しぶりだった。

少し痩せた、いや、筋肉質になったのかな。といっても、必要な脂肪の気配はある。

実戦的な身体つき、というやつかな。ルーフェスさんよりバルドーさん寄りだ。


じろじろライオンボーイを見回していたら、そのライオンボーイがうるさがった。身体の前で雑に手を振り回した。


「僕は細かい作業ができないのだ~。その分素材が大事なのだ~」

「はあ」


カウンター前のナップルさんへ示すように、ドミーくんがジューサーで黄色い果物を絞る。

器具から見え隠れする果汁が朝日にきらめく。

飲んでもいない甘酸っぱい飛沫を感じる。


ドミーくんが操作しやすい、独特な形状のジューサー。それはホラアナグマとハイイログマによる逸品である。製作者は同じだが、カイくん愛用品とは異なる。バーを押し下げる仕組みは、ドミーくんの手にとても馴染むものだ。さらに、絞られて落ちる果汁が綺麗に見えるようになっている。


「コーはね~、味覚が、ん~、ルーフェスさんの言葉だとザルなんだって」

「はい。わかります」


「はい」「はあ」を続けていたナップルさん、なぜそこで一言入れた?


「僕はね~、ししょー達から、コーと僕にちょうど良い料理を教えてもらっているのだ」

「はあ」

「それがね~、アレクサンドルおじさんの好みにもあうのだ~」

「はあ」

ナップルさんの嘆息。


「どうぞなのだ~」

ドミーくんが絞りたてジュースをナップルさんの前におく。

「ありがとうございます」

ナップルさんは勢いよくコップを傾けた。目をぱちくりさせた。

「目が覚めます」


キッチンカートに近付いてみる。

ドミーくんは最初から私に気付いていたようだった。

私の前にもジュースが置かれた。


「コー、おはようなのだ~」

「おはようドミーくん。今日は早いね。ナップルさんもおはようございます」


「昨日の夜にね~、ナップルさんとシロくんが遊びに来てくれたのだ~。二人が早起きなのだ~」

ドミーくんは視線で、疲れた感じの人間とその足にしっぽを巻き付けたシロくんを指した。


大きくなったドミーくんはナマケモノ一家以外の所で過ごすこともある。

我が家で寝泊まりすることも、気になる植物の側で一人キャンプすることもある。

昨日は一人キャンプをしていて、そこにナップルさんとシロくんが合流したのだろうか。


「はい。いや、あ、おはようございます。いや、僕は連行されたわけです、深夜。で、朝もずりずり引っ張ってこられて、ドミーさんのお話を伺っているわけです。今もできれば惰眠を貪りたくてですね」

ナップルさんの言葉に、被せるようにシロくんが口を開く。

「嘘だ」

「はあぁぁ」

ぱっちりしていた目が、またしばしばし出した。


ドミーくんがニコニコして言う。

「シロくんが教えてくれたのだ~。ナップルさんが良くないことを考えているって。だから僕の話をずっと聞いてもらってね、コーとカイくんに繋ぐと良いって」


シロくんが私を見て、ナップルさんを見た。

「自分で言った」

「ん?」

「土壇場で何を考え出すかわからない」

「はあ」

「僕達から見れば、今のあんたがそうだ」

「はあぁぁ」

猫のような人間が、ぐにゃりとカウンターになついた。

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