面倒な無法地帯
ざわり。ざわり、ざわざわ。
開け放った扉から、自由人達のざわめきが聞こえてきた。
「なんだ。なんだ」
「面白い人間が来たらしいぞ」
「半端に襲われていたらしい」
「相手はどこだ」
「見回り組が威嚇したらすぐ撤退したようだ」
「ふーん」
異常があると獣人ネットワークが速やかに稼働する。
寄合所の離れ扱いの我が家には、特にすぐさま伝えてくれる。
非言語では伝わりきらない私達の群れを、自由人達はよく知っている。
「門のところでルカ、ルカと叫んでいたわよ」
「王国人か」
「発音の仕方がルカさんに似ていたわ」
外の喧騒を受けて、我が家で寛ぐ面々を見回す。
王国人なライオンであるルカさんは、シロくんの発音練習に付き合ってくれていた。口も喉も、大きさが違い過ぎる。
立派な体躯のライオンが小さなドールに喉奥まで示す様子は捕食の図だ。
例えその小さなドールが余裕でそのライオンの巨躯を制圧できるだろうとしても。
「ルカさんにお客人のようです。詳細がわかるまで、ルカさんは念のため、ここにいてくださいね」
立ち上がろうとした私を制して、黒カラカルが跳んでいく。
「コーはここにいるんだぞ」
座り直したレイくんとアイコンタクトして出ていく。
なにあれ、ちょっと格好良い。
続けてシロくんが駆けていく。
ルカさんをしっかりソファーに座らせて、ついでにちらり、と私に視線を寄越しながら。
あの、なんとも言えない、呆れたような、嘆くような目は何を伝えてくれたのか。
立ち上がる気配もなかった白オオカミが、私の両肩に大きな手を乗せた。
「コーも待機だ」
お兄ちゃんが言うなら仕方がない。
再びざわめきに耳を傾ける。
「物損がでているらしい」
「あ? 護衛にナップルとマニュ、コニュがいると言ってなかったか」
王国のオリーブの店から、ナップルさん、チーター兄弟の甥マニュくんと姪コニュちゃんが来たらしい。
「連絡はあったか」
「いや。それにしても久々だな」
予め知らせてくれていたら、誰か迎えに行ったのに。
しかし、その三人がいて、物損?
オリーブの店屈指の慎重派三人がついていてそんなことあるかな。
「護衛対象の人間達が張り切って展開したらしいぞ。王国の対人戦のように」
「砂漠のところだろ」
「ああ。先に列車強盗を見ていたから、同じ要領でいけると考えたらしい」
「あ~」
「で、ナップルとマニュ、コニュは散らばっちまった人間達の保護回収を優先したわけだ」
「ま、見回り組がすぐ駆け付けたんだろ」
「ナップルが発煙筒を使ったからな」
「だから門番がマスクをしてたのか」
どうやら、二回襲われたらしい。
守られていた人間達は、列車強盗への対応を見て、次の襲撃も普通の対人戦だと誤解したのだろう。勝手に腕試しをしてしまったようだ。
それを受けて、ナップルさん達は大事をとった。街への救援要請である発煙筒を使った。荷の優先順位を大いに下げ、人間達の絶対安全を図ったのだろう。
「マニュ、コニュらしいな」
「ナップルらしい」
「奪われた荷物、取り返してきてやろうか」
「乗り物が少し壊れただけらしい」
「そりゃ良かった」
複数回襲われること自体は珍しくない。
列車強盗はまあ、前世でもあったような、普通(?)の列車強盗だ。
制圧方法は、王国もこの国も、似たようなものだろう。
街の見回り組も、助けを求められたならば協力したりする。
問題はその他の「襲撃」だ。
野生動物、話のわかる自称「関守」、話のわからないただの盗賊、ならず者に擬態した各国の部隊等が潜んでいるのである。
中央ならいざ知らず。
英雄達の街の実効管理地域は、人間達から見ればいわば「無法地帯」だ。
大型肉食獣人達が獣人の「ルール」で管理している。
人間達の「ルール」や価値観、善悪は通用しない。
「犯罪人」引渡し協定など存在しないから、まあ、そういったワケありの人々もいるし、移動してくる。国や地域によって「罪」は様々であるから、街はよほどのことがなければ街の外のワケには関知しない。
街にたどり着くまでに、とある人間の「正義」と、とある人間の「正義」がぶつかりあうこともある。または、とある「正義」と、とある「悪」が。
ついでに、無法地帯だからと、まさに「無法」をしていたりする。
更にそこに、獣人に対する、国、地域と、個々人の意識も複雑に絡む。
要は、大変に、面倒なのだ。
街にとって、殲滅も掃討も、その実行自体は簡単だ。
しかし選別と後始末が面倒なのだ。
そのために現状が看過されている。
以前匂いの怪しい商人が街に入ろうとしたらしいが、無事入り口に近付けたという時点で、どこかの庇護がある。
あのとき自由人達が深追いしなかったのはつまり、面倒だったからだ。
「ルカさん。ここまで来る人間に心当たりありますか。護衛を押し退けてしまうような、血気盛んな方々のようですが」
私の問いにルカさんが少し躊躇いをみせた。
「あると言えばある。実家から私の荷物を送ってくれるはずだった。が、届いていない。専門業者に依頼せずに、直接運んできたのではないかな」
言いづらそうに、付け加える。
「多分、彼らじゃないかな。王国軍出身の。少し獣人に対して独特な感情を抱いているけれど、根は良い人達だ」




