親心
ん、ん、んんん?
流された!
私は群れのリーダーとして、アレクサンドルさんの今後を何とかしなければいけないのだ。新しいビジネスの話に巻き込まれている場合ではないのだ。
私のはっとした顔に気付いたのか、銀髪オジサンの雰囲気が動いた。
カーライルさんはソファーに深々と座っている。
カッカッカッと、気楽に笑っている。
「カーライルさん。獣人がいっぱいだからといって、気を抜きすぎです」
最初の頃の警戒心はどこにいってしまったのだ。
「共和国人商人みたいなセリフだな、嬢ちゃん。張り詰めた糸は切れやすいんだぞ」
ニタニタ笑う動きに、銀髪が揺れる。
「それに俺ももうトシでな。そろそろ護衛もお役御免だ。今日も会長と一緒に席についていただろう。ありゃ、そういう意味だ。フローリッシュの人間として飯を食っていたわけだ」
後半は予想の範囲内だが、前半は予想外だった。
年齢不詳な色素の薄い人間を身遣る。
「プロの見極めですか」
「まあな」
誤魔化すような言葉に違和感を覚えた。
絨毯の床でヨガのような動きをしていた黒カラカルから答えが飛んできた。
「あれだ、ほら、親心? 庇護欲? なんかそんなやつだ」
難しいな。もっと近い言葉がありそうだが、知らないからな。あのがんじがらめな兄ちゃんがごちゃごちゃ言ったときに、肚が決まったんだろ。
「かなわないな」
カーライルさんが銀髪を掻きながら呟いた。
「慣れているほうだと思ってたんだが。敏い獣人ってのは、これだからな」
「あー。何だかごめんなさい」
とりあえず私は謝っておく。
あのキラキラお兄さんイーサンさんは、フローリッシュが街と繋がるための人柱になることを真面目に覚悟していた。
「誠実でいたいから」などと前置きして私に説明したのは、その現れだろう。
アレクサンドルさんが使えば百八十度違う意味だが、あのお兄さんが使うと危ういほどに真っ直ぐだった。危うさを感じたのは、私だけではなかったのだ。
やっぱりあのとき、アレクサンドルさん達は話を聞いていたのか。
ノックのタイミングが良すぎたものなぁ。
街のみんなはアレクサンドルさん一行のことを大分前から私達の群れの準構成員とみなしてはいたから、彼らはしれっと隣室にでも紛れていたのかもしれない。
「姫様周辺の人間は言葉を重んじる。帝政時代の名残かもしれないが。それは外にも知られている。同席するだけでありがたがられる。俺の先に帝国貴族の歴史を見る。俺達もそれを利用するところがあるからおあいこだ。俺が今日会長と同席を求められたのもそれだ」
珍しく一から説明しそうなカーライルさんを見かねたのか、続きはアレクサンドルさんが引き取った。くすくす笑っている。
「イーサンさんが何かしらの失敗をしたら、まあ、フローリッシュから見た失敗ですが、そのときはカーライルが被るつもりなのですよ。街と絡んでいたのはカーライルで、イーサンさんは巻き込まれただけだとか言って。もちろん、成功したらそのままイーサンさんの手柄です」
今回、珍しくカーライルがアルノーさんの誘いに応じたのは渡りに舟だったこともあるのです。
カーライルの素性を知る人間はカーライルも招待するのですが、これまでカーライルが応じたのは片手もありません。
「俺の使いどころは限られる。フローリッシュの情勢と入れ替わりの件がある以上、本当の表舞台には立てない。立ちたくもないがな。できるのは、物理も含めた、盾役だけだ」
そうだ、とカーライルさんは付け足した。
「ヨックは薄っぺらい言葉を好んで使うが、あれは例外だ」
アレクサンドルさんは肩をすくめた。
「カーライルがこう言っているので、私も宗旨替えです。これからは、落ち着きますよ」




