ヒーローを呼ぶ笛
トントントン。
扉を叩く音がした。
「どうぞ」
私が上げた声を聞いて、部屋の出入口近くで伸びをしていたレイくんが扉を開けてくれた。
「ああ、イーサンさん。着いていましたか」
入って来たのはアレクサンドルさんとカーライルさんだった。
「いろいろ配慮いただきありがとうございました。おかげさまで無事到着しました。カーライルさんも、手厚い配置をありがとうございました」
イーサンさんが丁寧に応じ出す。
イーサンさんと挨拶を交わしていた金髪商人は、不意に「おや」と言った。
碧眼がキツネのオジサマと水兵ルックのドールをとらえている。
二人はドミーくんが作ってくれた柑橘類たっぷりのフレッシュフルーツティーを飲んでいた。
鼻先に少し皺が寄っていて、愛嬌もたっぷりだ。
「副長さんとシロくん、ここにいて良いのですか。ナマケグマの隊長さん達、隣の店で一休みしていますよ」
アレクサンドルさんの言葉に、キツネのオジサマがわずかな戸惑いを目に表した。
「いや、私達は・・・」
艶を取り戻しかけている毛並みが、心なしか萎んでいる。
「私は既に群れを離れてこちらで世話になっている身だ。元の群れに近付くなどコーさんに失礼だ」
キツネのオジサマの固い言葉に、私の方が身構えてしまった。
「いえいえいえ。そんなこと気にしませんし、むしろ会って来てください。この、ドミーくんとシロくんが作ってくれたクッキー、帰り道に食べてもらってください」
形も色も様々な、手のひらサイズのクッキーを包む。
開かないオジサマの手にぐいぐい押し付け、受け取らせる。
屋台料理にインスピレーションを得たらしいドミーくんは、部屋に戻ってきてからシロくんとミニキッチンに立ちっぱなしだ。この町で手に入れたスパイス達をうまく組み合わせてドリンクやクッキーを次々作ってくれている。
「いや、しかし」
足の重いオジサマを横目に、ナッジくんがあくびをしながらシロくんに声をかけた。
「なあ、その首からかけているモノ、説明したのか」
シロくんは無言で全身の毛並みを波打たせた。
「何なに。シロくん何か首から下げているの」
襟の大きな服ばかり渡して着てもらっていたので、私は全く気付いていなかった。
ミニキッチンからシロくんを手招く。
ギクシャクとした動きでシロくんが近付いて来た。
小さな手が襟元に行き、何かを握り締めて降りてくる。
さらさらお兄さんも含め、私達はその握りこぶしがしぶしぶといった様子でひらくさまを見つめた。
キツネのオジサマが「ああ」と、声を漏らした。
哀しみに似た色だが、明らかにもっと温かな思いがこもった声だった。
「石笛?」
小さな手のひらの上にあるのは小振りな笛だ。きれいに研磨され、細かな模様が刻まれた翡翠のような石に穴があけられている。
「これは、隊長達を呼ぶ笛だ。隊長がいつも手慰みに細工していた。隊長達二人ともが聞き取りやすい音に調整してあるらしい。手を加えながら、よく言っていた」
キツネなオジサマがそっと石笛に触れて続けた。
「この音ならどこからだって駆け付ける、ただし、これを渡すほどの相手に出会ったらな、と」
シロくんがポツリポツリと言う。
「内緒だって渡された。おじさんに何かありそうだと感じたら、なりふり構わず吹き続けろって。おじさんに直接渡すには、格好悪い姿を見せすぎたからって」
「だからいつも一緒にいたの」
私の問いに、小さな頭がこくりと動いた。
無言だったが、その目には強烈な羨望が宿っていた。
「あんたらはあんたらで面倒くさいな。コーは気にしないぞ。好きなときに好きなところに行って、また戻って来ればよいんだ。シロはシロで、素直にコーにねだれ」
そう言ってナッジくんは専用ブラシを私に手渡して、ブラッシングを催促した。




