ブルドッグと一緒
へへ。へへへっ。へへへ。
険がとれた元小悪党三人は、もはや人懐こいブルドッグみたいだ。
カイくんとソファーに座る私の横にやって来ては、褒めてもらいたそうにしている。
「とりあえず、座ってください。囲まれていると、重苦しいのです」
ひでぇ。
言いながら、三人が私とカイくんの左右に分かれて座った。
隣に座るカイくんからは、やれやれ感がしている。
「いやぁ、コーさん達と分かれてからいろいろあったんすよ」
「おっかない警備隊とぶつかったホテル。あそこにいた五人、ホテルスタッフかと思っていたんすけど、みんなカーライルさんの家の人だっていうじゃないすか。なんか妙に雰囲気のある人ばかりで」
「アレクサンドルさんのスタッフと、そのカーライルさんとこの人達と、まあいろいろやってたんすけど」
あ、詳しく聞きます?
おどけて見せた一人の気配はしかし、聞かないほうが良い、といっている。
「聞かなくて良いです。それよりなぜイーサンさんとこんなに仲良くなったのですか」
私の問いに、ブルドッグもどき達は胸を張った。
体格が良いので、必要以上に見栄えがする。
「この坊っちゃん、あのホテルに来たんすよ。小綺麗な護衛つきで。カーライルさんのとこの人と打ち合わせがあったらしくて」
「ざわついた町で、そりゃあ浮いて浮いて。こそこそ狙ってそうな輩も引き連れてきてましてね」
「護衛はそれなりの腕でも、一か八かって奴らに数でこられたら負けなくても怪我をしかねないっすから」
坊っちゃんと呼ばれる年でもないだろうに、イーサンさんは屈託なく笑っている。綺麗な姿勢で私達の向かいに座っている。
呼び掛けるブルドッグもどきも、嫌みなく自然な様子である。
本当にこの四人の打ち解けぶりにはびっくりだ。
「町中はまだしも、町から町へ渡るときが危ないっす」
「そこで、おっかないナマケグマの隊長もラスコーさんも俺達を思い出したわけっすよ」
「へへへ」
ほーお?
ナッジくんがどこかからぴょいっと私の後ろに跳んできた。
三人組をわざとらしく一人ひとり眺めまわす。
「ほーお?」
しなやかな強者の視線を受けて、ブルドッグもどき達が少し小さくなった。
「や。俺達みたいのがまとわりついていれば、すでに唾をつけられた後だと思われるじゃないですか」
「獲物の横取りは騒ぎになりますからね」
「覚悟のない奴らは諦めるわけっすよ。それでも残っている奴らは、おっかないディンゴ達が丁寧に相手をしてましたよ」
「大分、出張って来てくれました。多分まだ見守ってくれてんじゃないすか」
「俺達は露払い的なもんです」
「敵わない相手には関わりませんって」
三人は、ハハハ、と潔い笑いを浮かべている。
元小悪党達は、自分達のアングラ感を活用して、他の小悪党達を牽制していたらしい。
適切過ぎる自己評価とその活用法に、ちょっと彼らを見直した。
「私、そういうところ、すごく安心しています」
元小悪党は小悪党らしく、獣人達に似て、力量差に敏感だ。
彼らは無理な挑戦をしない。
その安心感があるからこそ私は好き勝手お願いできる。
とてもやりやすい。
「護衛の皆さんはそろそろ追い付くんじゃないすかね」
「本職は離れての警備だってお手のもので、多分俺達が気付かずにいる輩達も対応済みっす」
「大したもんだよな」
ハハハ。
いっそ爽やかに笑う三人である。
カイくんがやれやれと首を振っている。
さらさらお兄さんに目を向けると、ニコニコ話を聞いていた。
「イーサンさんはなぜあの旧ホテルへ?」
アレクサンドルさんはあの不動産を、元の持ち主に一旦買い戻しをさせた。その後改めて査定し、アレクサンドルさんや私、ナマケグマ隊長等関係者のほとんどが関わる法人に現時点での適正額、言わば時価で売却させていた。
あの地域で成し遂げた結果の、成功報酬の一部だったらしい。
「あの施設には、カーライルさんが大事に手を入れてきたことをみな知っていたからね。治安悪化で危ないから姫様の成人祝いはまた考える、と手紙で伝えられたものの、何とか出来ないのかと思ったんだよ」
「実際に見て、どうでしたか」
「もう少し様子をみたいかな。しばらくはダメだね。悪評が広まってしまったから、気配の良くない人達が町の内外に残っている。格好良いナマケグマの隊長さんにも言われたよ。狙いやすいという噂を払拭してよからぬ輩を引き寄せなくするには、時間がかかる」
にこやかにお兄さんは続ける。
「僕に向ける視線も怪しいものが複数あった。あれは近衛達が許さないだろうね。リックさん達は、うまく見極めて対応してくれたんだよ」
爽やかな笑いのお手本を見せるイーサンさんを、呆れながら見る。自分を囮にして、周りを自然に巻き込んで、涼やかに笑っている。業が深い。
ブルドッグもどき達がこの域に達するのは難しそうだ。
「イーサンさんの話は、俺が担当しよう」
私の頭をぽんぽんして、カイくんが言う。
「そうだね。その方が良いだろうね」
不思議そうな顔をしたさらさらお兄さんに説明する。
「フローリッシュは、獣人と人間の他に、バランス、そうですね、人間の政治的なものが大いに絡むわけです。私は商売の行儀が悪いので、向かないのです。細やかな気配りや見極めが必要なこの手の話は、私達の群れではカイくんの担当です」
「タミルさん達とは取り引きするのだろう?」
「ご存知でしたか。タミルさん達の話は共和国絡みの厄介事ですから、私の担当です」
不思議そうに私達を見回すさらさらお兄さんに説明を続ける。
「クリーンさが大切なときも、カイくんの担当です。カイくんの取引相手は錚々たるものですよ。我が国の水の大商人や王国の大商会も公にしてくれています」
ルーフェスさんのお父上の商会名を告げる。
「それはそれは」
イーサンさんは爽やかに驚いた。
「まあ、名前と肩書きと衣装が異なる私が隣にいることに変わりはないのですけどね」
私達はニコイチなのだ。




