いかそうめんとリーダー論
はむ、はむ。モグモグモグ。
ナッジくんとレイくんが、カルパッチョ風にした魚介類を勢いよく食べている。
船上では、そこここで大型獣人達が好みの魚を食べている。
ヤーヤさん達が獲ってくれる魚を、アナハくんとへルマンくんが捌き、ドミーくんとシロくんがリクエストに応じて調理してくれている。
爽やかレモンベース、渋めわさびテイスト、おろし醤油風等などドレッシングも手作りしてくれた。
今日はアレクサンドルさん達が獣人達に不慣れな土地に上陸している。
無用な混乱を避けるため、私達は陸から離れた船上で待機なのだ。
カイくんと私の座るテーブルの上には、念願のいかそうめんがある。
つい先程、へルマンくんが見事なナイフ捌きで作ってくれた。
陽光が、美しい一皿を更にキラキラと見せている。
私はアレクサンドルさんを通じて手配していた醤油もどき、わさびもどきと生姜もどきをおろした小皿をカイくんの前に置いた。
前世の私の周囲には、わさび派と生姜派がいたのだ。
カイくんはどちらかな。
街のホラアナグマとハイイログマにねだって作ってもらった石のおろしがね(?)は私が扱える数少ない調理器具だ。
もちろん、私よりカイくんの方が素材の風味を生かしておろせるわけだが。
今回はせめてもと私がおろした。
カイくんは小皿をちらりと見た。
簡易なカトラリーを器用に操り細長く整えられたいかを掬う。
まず、そのまま口にする。
「甘いな」
次に醤油もどきのみ、わさび醤油もどき、生姜醤油もどきをつけて食べていく。
「何もつけないのが好みだな。つけても旨いが、俺には風味が強すぎるようだ」
さすが繊細なカイくんだ。
決して私がおろしたせいではない、はずだ。
獣人達は、見た目はアニマルだが食事に関してはだいぶ自由がきく。
カイくんパパはほぼタブーがない。
繊細なカイくんでも私とほとんど同じものを口にしてきている。
「お。コーが作業していたやつか」
ナッジくんがいつの間にか寄って来ていた。
「くれ。俺にもくれ」
「メインはいかそうめんだからね」
一応伝えておく。
しかし、ナッジくんは少しいかを食べたあと、小皿に残っていたおろしわさびもどきとおろし生姜もどきをいかなしに食べ出した。
大事そうに抱えて、ちびちび摘まんで口にしている。
「え。ナッジくん。お刺身もらってくるよ」
大丈夫とわかっていても、そんなに集中して食べるのをみていると、前世の感覚ではらはらしてしまう。
「あっちはもう食べたから良い。これで〆だ」
「コーが作ったものだから、食べたいのだろう」
カイくんが炭酸水を飲みながら言う。
カイくんはもういかそうめんに満足したようだ。
「作ったと言えるのかな」
苦笑いしかない。
「ナッジくんがこんなに思いを寄せてくれているのに、私はちゃんとリーダーをできているのかな。マイスくんや警備隊のナマケグマのような、カリスマ性も力も人望もないのに」
「コーだからこんな旅もできる。俺達はもとがはぐれだ。俺は弱さが原因だが、街の皆も、群れにおさまることができないという意味で、生来のはぐれだ。ひとりひとりが、街以外にいればリーダー争いをするような個体ばかりだ。下手に動くと勘繰られる」
船がわずかに揺れた。
カイくんは顔をしかめた。
座っている椅子を引きテーブルとの間に隙間をつくると、私を抱えあげる。
「弱い俺達がふらふらしている。心配だから皆ついてくる。なんと言われようと、それが真実だ」
ヤーヤさん予報によると、今日の海は終日穏やからしい。
揺れたのは、海のみんなの漁がエキサイトしたせいだろう。
「ついていかなきゃと、力あるものに思わせるのも、ひとつの人望というものなんじゃないか」
カイくんの懐は大きく、暖かい。
弛緩した感情とともに船上を見回した私は、世界一安全な場所でうとうとしだした。




