ショボショボしながら裏話
パタパタ。パタパタ、パタ。
肌触りの良さそうなシャツが風を受けてはためいている。
朝日と霧、崖、海を背景に、アレクサンドルさんが横顔を見せている。
昨夜も夜更かししたらしいオジサマは今朝も気だるげだった。
「さて。少し落ち着きたいとのお話でしたので、今回は土地を用意してあります」
少し疲れた様子のオジサマはしかし、説明の構えを見せていた。
「購入したということですか」
「そうです。この辺りは自然環境が厳しく、人口流出が続いています。限られた平地と、何とか生活できる傾斜地に、この地を愛する人々が定住しています」
「そんな限られた土地をよく購入できましたね」
「遠くない将来、平地ではなくなる所は手に入れやすいのですよ。この辺りは奥へいくと、また違った風景になりましてね。地殻変動や風雪によって削りとられ、横から見ると杯状になっているところがいくつかあります。暫定的な平地とでも言いましょうか」
不確定要素が多すぎて、家を新たに造るにも、観光地化するにも持て余す。
そんな状態の、地盤や面積の半端な土地が点在しているという。
「年々自然現象に削りとられていきます。まあ、最後はフローさん達の足場にでもしてもらえば良いかと思いまして」
その言葉は冗談かと思ったが、表情を窺うと本気らしい。
「純粋な観光目的の滞在は少々要件が厳しいもので、土地と地方債をいくらか購入しました。併せていくつかの名目で税金も納め続けることにしましたので、住民に準じる扱いを受けられます。その土地が削りとられて無くなるまでは」
「そこまでして、何をする気ですか」
胡散臭い。
「もともとユッスーンさんを通じて、英雄達の街の特産品を持ち込んで販売することとセットで話はついていました。閉鎖的な地域ですが、マイスさんがこの地の名誉市民的な立場らしく、マイスさんの肉球印で一発だったらしいですよ」
「マイスくんの肉球印。私も見たことありません。何をさせているのですか」
まず私に欲しい。
「せっかくみなさんが長く立ち寄ってくださるならと、土地の購入規模を拡大することにしました。喜ばれましたよ。継続的な商取引にしても、この辺りはコストがかかりすぎると一般的な商人は二の足を踏みます。もし商人がその気になっても、金融機関は進出資金の融資に消極的です。決済も手間ですしね」
金融が滞れば物流も滞る。
「今はどうしているのですか」
「唯一の金融機能までもを果たす存在として共和国商人とそのお仲間が荒稼ぎしています。あの国はご自慢の金融網のためなら公的資金を投入しますからね」
「今後はアレクサンドルさんがコストを収支マイナスで背負うのですか」
百パーセント違うと思ったが、他に言葉も浮かばない。
「思ってもいないと表情でバレバレですよ」
私の顔はよほど「胡散臭い」と言っていたらしい。
だらしなくシャツをはためかせたオジサマは、振り返って船内への入り口をチラリと見た。
「昨夜、カーライルとタミルさん、ヨックさんと話が纏まったのでしょう。定期的に、または不定期に、フローリッシュ近辺を往き来しますよね。海なり、陸なり。ついでに、この辺りまで足を伸ばしてもらえるかなと。そうして、近くに船がいたら優しいみなさんは気にしてくださるかなと思いましてね」
「いつも言っていますが、巻き込まないでください」
「整備されている道ならまだしも、道を外れると、平均的な人間や獣人の体力では厳しいのです。輸送、護衛、保険、商品の劣化可能性、他の地域の倍でも効きません」
強かオジサマは私の言葉を聞かない。
霧が晴れ、朝日が強くなる。
碧眼はショボショボしている。
「先に言いましたように、この地を愛する方々との調整もありますしね」
そもそもこの辺りは実質、単なる観光や学術調査目的では入って行けないのですよ。
過去に乱獲はじめ派手なオイタをされたせいです。
よそ者に対するガードが固くて有名な地域の一つです。
入るためにはこの地に関わる特定の条件をクリアする必要があります。
近い将来消えてなくなってしまう土地の所有者であるとか、取り扱いがごくごく限られた金融機関しかない地方債の購入者であるとか。
目先の利を追わない証というか、担保というか、寄附というか。
なかなか手が出せませんよね。
「そういった諸事情で、調査ができないと残念に思う産官学の方々が各地に複数おみえでしてね。そういった方々は、土地や金融資産を、そのもののみの価値評価で算盤を弾かなければいけませんからね」
勝手に話す金髪オジサマの後ろに、いつの間にかルーフェスさんがいた。
静かに肩を竦めていた。
私も同じことをしてみた。
カイくんがため息をついた。




