崖とスペシャルドリンク
ゴゴゴ、ゴゴ、ゴ。
幻の効果音が聞こえる。
急峻な崖、崖、がけ。
左右と前面の視界を埋め尽くすのは、海と崖である。
私達の船は早朝の薄い霧のなか、切り立ったような高い崖の間を進んでいた。間と言っても陸と陸とはキロメートル単位で離れている。
これは氷河地形というものだろうか。
湾だから、フィヨルドかな。
私の感覚ではそれが一番近い。
「迫力なのだ~」
一緒に甲板で手すりを掴んでいたドミーくんが、そびえる岩肌を仰け反りながら見上げていく。
「・・・」
「・・・!」
「・・・!」
ギースさんと、ギースさんの両肩に座り角に手を回したフルちゃんとシロくんの三人が無言で感じ入っている。
ドミーくんと同じ勢いで見上げていった私は、視線が空にたどり着く前にバランスを崩す。
ぽふっ。
後ろによろけ、カイくんに受け止められた。
安定感あるオオカミボディに身を委ね、私はそのまま顔を真上に向ける。
「これは、本能的に畏れ入るね」
「このあたりは、しばらくこの光景が続く。気候も変わる」
カイくんは宣言通り今朝には復活していた。
コツコツコツ。
「お二人が一緒だと安心しますね」
ルーフェスさんがカイくんの隣に並んだ。
腕一杯に抱えてきた小さな瓶を取るよう私達に促す。
勧められるまま、私の手で握り込めるサイズの瓶を一本貰った。
緑色をベースに光沢のある虹色が混ざり込んだ液体がちゃぷんと揺れた。
美味しそうとは言い辛い見た目である。
「みなさん昨夜はそれぞれに身体に負担がかかったでしょう。アレクサンドルさんから差し入れです」
ルーフェスさんは懐から掌に隠れるサイズの何かを取り出し、私とカイくんの瓶を開けてくれた。
他の獣人達は爪やら自分の得物やらで開けようとしたが、私とカイくんの方を見て動きを止めた。みんな微妙な表情だ。
「おや、みなさん苦手ですか。原材料は英雄達の街の主力商品じゃないですか。疲労回復、滋養強壮。この緑が毒々しい色合いで、かつ苦いほど効く。共和国商人はそう売り込むそうですよ」
グイッとルーフェスさんが一気に飲んだ。
それを見た私は、なーんだ、と思った。
見た目ほどの味じゃないのかな。
ただ苦いだけなら、舌にできるだけ触れさせずに流し込むだけだ。
自分たちの売り物なら、体験しておかなきゃ。
ぐいっ。
「っ、ぐっ」
なにこれ。
苦いより、生臭さが鼻に残る。
「ルーフェス。それを持っていくならセットの二本を忘れないように。単品で飲めるのは愛好家くらいで・・・」
アレクサンドルさんが重そうな箱をフラフラ運んできた。
寝起きだからか、くすんだ金髪は後ろで短く結んでいる。
重そうに持つ箱から上げられた碧眼が私の手元で止まった。
「コーさんはいきましたか。その身体のときからそれに嵌まると大変ですよ」
眼に憐れみを浮かべたアレクサンドルさんが、緑の飲み物の二倍量はある瓶二本をカイくんに差し出した。
黄金色と黒褐色の瓶だ。
「・・・、ルーフェスさんの、属性を、失念していました。私はまだここまでのものに頼る気はありません」
私が差し出した震える手にカイくんが開栓して黒い方の瓶を渡してくれた。
飲んでみるとコーヒーだった。
次に渡されて飲んだ瓶はハチミツドリンクだろうか。
どちらも、普通に単品で飲むと頭に響くような濃さだ。
しかし今はちょうど良い。
喉奥と鼻に残るナニかとの戦いだ。
「未開の森ドリンクセットですよ。未開の森でしか採れない薬草と未開の森でしか生息しない動物の肝臓を一緒にしたのが最初の一本です。何とも言えない味と匂いでしょう。それを洗い流して、更に効果を高めると言って未開の森固有種のコーヒーとハチミツの飲料を飲み干すまでがコースです」
まあ、私はハチミツ飲料目当てに買って、残りをルーフェスに渡すのですが。
ルーフェスはこの手のものに耐性があります。
むしろ、中毒かもしれません。
この味で値も張るのですが、愛飲する方々は一定数おみえでしてね。
全く効果を信じていない口調で説明するアレクサンドルさんは、カイくんが飲めずにいた瓶を回収した。
栓の空いたその瓶をルーフェスさんに渡した。
うそ。二本目いったよ。
みんなはこっそり未開栓の緑の瓶を、アレクサンドルさんが持って来た箱に戻していた。
ドミーくんが少し残念そうだったが、シロくんに無言で回収されていた。




