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オオカミ兄弟と体調不良

もみもみ。もみもみもみ。

白銀の毛並みに続く太い首回りを精一杯揉みほぐす。


ずずっ。

鼻をすすりながら、目の前の広い背中に話しかける。

「痛かったりっ、気持ち悪かったりしたら言ってね」

がっしりした肩は私の手のひらでは掴みきれないが、せめて何かしたい。


カイくんは身体をうまく使えないので、各所に負担がかかりやすい。

私はあらゆる機会をとらえてカイくんに触れることにしているが、いま目の前にある肩と首は分かりやすく疲労を訴えていた。

もっと早く気付くべきだった。


ソファーに崩れるように座ったカイくんと、背もたれの間に立つ私。

大きなオオカミの背中は、それでも私の肩まである。


「俺のことは放っておけ。コーは好きにしていて良い。ただ、危ないから甲板に出るときはトールさんのベルトを掴んでおくんだぞ」

「出ないから大丈夫だよ。一緒にいる。ずずっ」


窓のない船室で、私は今日一日カイくんにべったり張り付いている。

思うように動けないカイくんに代わって、食事の手伝いをしたり、着替えさせたり、移動補助のためにギースさんを呼んできたりしている。

「ゴメンね、カイくん。頑張らせちゃったね」


壁際では、ナッジくんとレイくんが寝たふりを続けている。

耳をピクピクさせている。


ドミーくんとシロくんが後ろ髪を引かれるような表情で夕食の準備に部屋を出てからしばらく経つ。そろそろ夕食の時間だろう。


「大したことはしていない。ただ、平衡感覚がおかしいだけだ」

疲労の蓄積は肩だけではない。

頭や身体を無理に保っていたツケが、繊細なオオカミを襲っていた。

今朝、カイくんは起き上がれなかったのだ。



街ではカイくんが不調のとき私は面会謝絶だ。

聞いてはいたが、私はカイくんが、動けない不快感に唸る様子を今朝初めて見た。

痛々しくて、すぐさま半べそ状態になってしまった。

心配で堪らなかった。


「明日の朝には陸につくからね。しばらくその港でゆっくりしようね」

当初予定から大きく外れた航路は、陸地に寄らない日数を更新していた。

私達は予定通りなら毎日、長くても一日置きには陸で過ごせるはずだった。

その程度なら繊細な感覚をもつ獣人でも何とかなるだろう、当初そう見込んでいた。

ところが番狂わせがいくつか起こった。

距離を稼ぐためだったり、フローリッシュの町から離れて進むためだったり、結果を見れば海上で過ごす時間ばかりになっていた。


「ゴメンね。本当に、ゴメンね」

何度目か、私はカイくんにしがみつく。

「コーのせいじゃない。俺自身もこんなことになるとは分からなかった」

今日何度目のやり取りだろう。


獣人達は人間より感覚が鋭い。環境変化にも敏感なはずなのだ。

ましてや繊細なカイくんだ。

失念していた。気配りを欠いていた。

申し訳なくてしかたがない。

ずずっ。





ガチャリ。

「よう。少しは落ち着いたか」

「無理はしなくて良いが、そろそろ夕飯だぞ」

アナハくんとヘルマンくんが軽い調子で入ってきた。


そして室内の湿った様子にぎょっとした。


「うお。なんだこの暗い雰囲気」

「やめろよ。まさか一日中これか」

海の守護者たるオオカミ二人は、真夏の海のようにカラッとしている。


「カイは仕方がないにしても、コーはせめて人間達に姿を見せてやれ」

「上は上で暗いやつらが面倒だ。勘弁してくれよ。カイが重症みたいじゃないか」


アナハくんが半笑いだ。

「俺達は分かるが、人間達は分からないんだぞ」

「コーの群れがそんな様子だから、カイは明日をも知れない病なんじゃないかという話になっている」


せめて見舞いくらい受けとけよ。ヘルマンくんはそう言うが、弱ったカイくんを見せる訳にはいかない。私だって初めて見たのだ。


カイくんにしがみついていた私は、今日もアロハシャツなアナハくんにひょいと持ち上げられた。

「カイ。お前、明日大変だぞ」

「普通に動き回ったら、人間達に騙されたと責められるんじゃないか」


「はぁぁ」

カイくんが深いため息をついた。

「遅い。レイとナッジは面白がっているし、ギースさんは喋らない。ドミーとシロは戸惑ったままだ。お前達も、街の皆もわざと黙っていたのだろう。タチが悪い。早くコーを説明に行かせてくれ」

コーは今日はもう、この部屋に来るな。

大袈裟なんだ。

治るものも治らない。

むしろ明日のことを考えると頭が痛くなる。

はぁ。




灰色の毛並みに抱えられた私はカイくんの嘆きを背に、クスクスしているレイくんとナッジくんと共にカイくんの部屋を出された。


ふうぅ。

追い出されてしまった。

「コーは夕飯、どうする。俺達と食うか。人間達と食うか。人数が多くなりすぎて、今晩は二部制らしいぞ」


横に抱えられたり、肩に担がれたりしたあと、腕に座らされた私は、アナハくんのしなやかな肩の筋肉にしがみついた。

カイくんより硬く締まった身体は、安定感がない気がしてしまう。


「みんなと食べようかな。お姫様に聞かせたくない話になるかもしれないから、ヨックさん達とは夕食後に話すよ」

今夜は遅くなってもカイくんと別だ。

タミルさんやヨックさんと込み入った話をするなら今夜である。




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