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カバとセール アンド リースバック

ざわざわ、ざわ、ざわり。

獣人向けの飲食店に、チーター兄弟とカイくんとやって来た。


昨夜の店とも、昼間の店とも雰囲気が違う。

ざっくり、あっさり、小綺麗な印象だ。

人間の鼻には料理と香辛料、調理用油のにおいが分かるくらいだ。


嗅覚が鋭い獣人達は無用な争いを防ぐため、身綺麗にして、不要なにおいも抑えるのがマナーだという。

私達のテーブルは、兄弟が頼んだ料理で埋められている。


兄弟の豪快な飲みっぷり、食べっぷりを見ながら、カイくんは静かにミートパイを食べ、私はフルーツいっぱいのガレットをちびちび食べている。

街では小麦がよく育つので、そばはあまり栽培されていない。そば粉を用いたクレープ風のデザートは、今世の私にとってはちょっと珍しいのだ。


「コー達が昼間行ったのは、多分人間が後ろめたい商売をしようかってときに行く店だな。もっとましな何かがないか、すがるように行くんだ。運がよければ、考えていたより少しはましな取引や条件が転がっているかもしれない。運が悪ければ、いまよりひどい泥沼にはまるかもしれない」

何だろうその闇鍋具合。


「たまに、目的はまともで、方法もギリギリセーフ、ただし生死は保障しない、みたいなものがある」

ロシアンルーレットだった。


「当たるとデカい。それで一発逆転する奴らもいるからな。もちろん当たらない奴らもそれ以上いるわけだが」

「雰囲気ではなくて、実際に不健康なにおいがしたよ」

鼻の奥、脳に直接的に刻まれたにおい。

あの哀しい、胸が引き絞られるようなにおい。


「生き物を扱う奴らもいる。リュートが想像したようなものだな。愛玩動物の高額商品や希少な生き餌とかな。商品に健康という条件が付かないこともある」

「飲食店だからって気を抜いていたよ」

この世界には、飲食店営業許可も食品衛生法も保健所もない。自己責任だ。油断していた。 


「まずかっただろう。味は二の次だからな。街の味に慣れていたらなおさらだ」

「カイくんが比較的ましなものをくれたから」

「仕入れた袋から直接出したと確認できるものと未開封の瓶で出されたもの以外口にしていない。おかげでコーは昼をまともに食べていない」

ぼったくりメニューばかりである。


「さすがお兄ちゃん。俺達なら試してみるぞ。ダメなら暴れる」

「ここではやめてほしい。コーと俺のいないところにしてくれ」

「さすがお兄ちゃん。ここはうまいんだぞ。暴れる必要はない」

兄弟がカイくんをからかうが、慣れたオオカミは相手にしない。




「よう兄弟。久しいな。初めましての仲間もいるな」

陽気なカバがやって来た。

大きい。縦にも横にも大きい。


カイくんパパは引き締まった大きさだが、このカバ獣人は種族柄手足が短いこともあいまって、でっぷりした胴体がとても強調されている。

リアルにビア樽だ。

すぐ側に本物のビア樽があるが、本物が迫力で見劣りしている。


「同じ街に住んでいるカイとコーだ」

「この二人はすごいんだぞ。昼も夜も動き回るし、まともに考えるし、天候に左右されないんだ。草原があろうが、湖があろうが、木があろうが、クールなままだ」

それのどこがすごいのか。カイくんも呆れ顔だ。

「そいつはすごいな! 俺なんか時々動くのが億劫で水から出られなくなるぞ」

まさかの返しだった。


「まあ、座れよ」

兄弟がカバのヒポテさんをテーブルにつかせた。

細くしなやかなチーターの間に座った堂々たる体躯のカバ。シュールだ。

「コーの水菓子のフィルター、途中の加工はヒポテの親父さんだぞ。長老のご指名でな」

なんととてもお世話になっていた。

「大変お世話になっております。フィルター、今後増産をお願いするかも知れません。よろしくお願いします」

あのフィルターは街のベテラン職人の一人、通称長老を拝み倒して作って完成させた。仕上げは長老だが、素材や各工程は、長老指定の職人が受け持っていると聞いていた。その一人がこのヒポテさんだったのだ。

「そうか、あの細かい指示書の注文主か。すごい注文がきたと思ったぞ」


そうかそうか次もあるのか。じゃあやっぱり続けるか。

ヒポテさんが思案深げに大きな口ごと上を向く。


「どうした親父さん。らしくないじゃないか」

「いや、仕事を変えるかと思っていたんだがなあ。使ってくれるお客さんがはっきりわかったからなあ」

「やめないでください。ヒポテさんのフィルター、これからもっともっと必要になるんです」

アレクサンドルさんとルーフェスさんにあんな大見得を切ったのだ。フィルターがありませんなんて言えない。


「じゃあ、胡散臭いが契約するか」

「どういうことですか」

「この前数日、日照りが強くて日中店に出られなかったことがあったんだが、その時に従業員が期日の迫った仕事を受けちまってな。水の中で朦朧としていたもんで、俺も契約内容を確かめずに置いとけって言っちまった。そうしたら面倒な細工仕事で、期日に間に合わなかったんだ。で、損害賠償請求だ。店も設備も売っちまって、一からやり直そうかと思ったんだが、賠償金を払った上で店も設備も使い続ける方法がありますよと言ってきた人間がいた。まためんどくさい話になるのもどうかと思っていたんだが、コーの話を聞いたらなあ」

聞き捨てならない話になってきた。


「工場と設備を売却して、そのお金で賠償金を払う。工場と設備をリース契約して、リース料を払って使い続ける?」

「さすが昼も夜も動ける奴は違うな。リース何とかって方法だそうだ」


セールアンドリースバック。

所有資産を売却してまとまった額の資金調達をしつつ、使用料を支払うことで所有権を手放した設備を使い続ける手法である。

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