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酔っ払い二人とアフタヌーンティー

はっはっはっ。はぁ、はぁ。

笑い上戸が幸せそうに息を切らしている。

豪快に笑い、手にしたスパークリングワインのグラスを気持ちよく空にする。

「お、次だ、つぎ」

隣に座るナッジくんがすぐにグラスを満たす。

恰幅のよいオジサマと黒カラカルは謎の意気投合を果たしていた。


若い獣人と私しかいないので。

どうぞ楽にしてください。

そう言うと遠慮しいしい正装っぽい上着を脱いだオジサマ二人と若者一人だったが、すぐに大変打ち解けた。



まずナッジくんの間合いにスルリと入り込んだのが、素敵風呂敷の進化系を身に纏ったオジサマだった。

一見すると無表情で取っつきにくいはずのナッジくんに話しかけたと思ったら、いきなり笑い合いだした。

今や首周りに豊かな生地を使ったシャツのボタンも二つあけ、腕捲りまでしている。


前には一応ドミーくん特製アフタヌーンティースタンドがあり、綺麗に小さなフードが並んでいる。

しかしあれはアフタヌーンティーではない。

ただの昼呑みだ。


私達の群れが占有しているこの元客室は応接用、会議用それぞれ別に部屋があり、ミニバー、ウォークインクローゼット、そして寝室がある。

真面目な話かと会議用のテーブルを囲んでみたのだが、応接室で良かった気がしてきた。

なぜかというと、会議テーブルは高さがあって、私の胸元までくる。格好がつかないから、私はできるだけ使わないのだ。


「いや、いや。なかなかどうして面白い。友は、良いリーダーに巡り会えたわけだ。リーダーは興味深い人物のようだな」

黒カラカルとがっしり肩を組んだ人間は、この町の外を拠点にする商人らしい。

締まったナッジくんの身体。その隣にある身体は、包容力がありそうな、と言えばよいのだろうか。

オジサマ側から見ている私には、ナッジくんの身体はもうチラチラとしかみえない。


「話がわかるな、おっさん。まあ、飲め。コーはな、すごいぞ。分身するんだ。分裂もする。さっきもコーとコーと半分のコーと、更に半分と細かいコーがいたらしい。ひとかけらのコーがだめになっても、なんとかなるんだ」

私はプラナリアか。


ナッジくんは大変に上機嫌だ。

飲め飲め、これも旨いぞと隣に勧めている。

「はあ、はあ。面白い考え方だ。法人格と株式所有をそう理解するか」

「ややこしい話は分からないが、コーはいろんなところにいるんだぞ」

「恐いな」

「すごいだろう」

はっはっはっ。

ワッハッハッ。


酔っ払い達は何にでも笑う。

私はホラー映画の人外か。


二人は調印式に絡んだ複数の法人個人について、比喩を用いて整理するとみせかけて、私を酒の肴にしている。

ネタにして笑っている。


デキる白オオカミは今回の取り組みを独創的な表現でカラカルに納得させた。説明を諦めた私と柔軟なカイくんの労力の結果が、今日のナッジくんの得意顔なのだ。


ナッジくんは私がこちょこちょやっていることが気になっていたらしい。危険はないのか次は何が起こるのか、心配してくれていたようなのだ。

見かねたカイくんにオーダーメイドの説明を受けて、自分なりの理解をしたら、次は誰かに教えたくて仕方がなくなったらしい。


豊かな身体と表情を備えた商人は、うまくそこにはまった。

私よりナッジくんのほうが情報をとりやすいと瞬時に判断したとすると、なかなかの御仁である。



今回は小さな歯車というか、関節部分を沢山作った。

小回りが効くようにした。

私が街のコーとして関わる部分、中央の影武者を使う仕事、アレクサンドルさんをはじめとした商人達と資金を出しあって設立したいくつかの小さな株式会社が担うパート。

元警備隊がやっていたことをリストアップし分類し、各々事業化の絵を描くと小規模な、ニッチな事業が沢山できた。

キツネのオジサマとキツネのオジサマを介したナマケグマリーダーと相談をして、元警備隊のメンバーの適性を見ながら各事業に当て嵌めていった。経営に興味がありそうなら経営陣にもあてた。


小さな事業体を沢山つくり管理していくなど、前世ならとても面倒だったが今世ならできる。

自己責任の世界には雇用保険も労働保険も年末調整もないのだ。

賃金支払いの五原則もないわけで、通貨のかわりに獣人たちが欲しかった居場所を提供するという目的を第一に考えることができる。


アレクサンドルさんやアッシュリードさんは優秀な事務方を抱えているのでなおさら私は気楽だった。

彼ら人間達には将来的に経済的利益リターンを提供できるので私の良心は痛まない。


経営者に適任がいないところにはアレクサンドルさんのところやアッシュリードさんのところから人を宛てた。いわばサラリーマン社長である。ヴァイルチェン家が抱える人材を紹介してもらったりもしながら、ずらりと作った事業会社一覧。これを見ながらさあ皆さん出資比率を決めましょうと仲間内で額を寄せ合った。


経緯をありのまま話してもナッジくんの混乱を招くだけである。カイくんは持株比率に応じた権利を意思表示の権利とざっくり言い換えた。

ナッジくんはさらに「コーの意思、全部じゃない意思・・・、半端なのに意思。そうかコーは分裂するんだな。分裂するから全力はだせないんだ」と理解した。

ちょっと、いやかなり違うと思ったが、大勢に影響はないかと放置した。

その結果がコー不思議生物説再び、である。


無言の周囲を気にすることなく、酔っ払いの話は続く。

「自身の事業と出資比率の違う法人を散りばめて全体を把握するわけか」

「おう。この辺りの資金の流れってやつの、上から下まで関わるんだ。で、事業だか決算だかの報告とやらを受ける権利を得るらしい。で、うまく回っているかチェックする」

「だが、不効率じゃないか。川上から川下まで自分のところで請けてしまったほうが簡単だ。経費も圧縮できる。そうか最初は様子見で、後から儲からない部分から手を引く気なのか」


ちなみに、人間達三人は「コー」が私だと知らない。

自己紹介する間もなく愉快な酔っ払いが出来上がったのだ。


恰幅のよいオジサンは今回の騒動を面白そうだとかぎつけて、ツテを使って一口噛んだのだという。

英雄達の街がこんなところに進出してくるとは驚いた、興味津々なんだ、と自分で言っていた。

私に話しかけてきた割に、自己紹介する間もなくナッジくんと盛り上がった彼は、名乗りを求めなかったあたり野生の獣人に慣れている。


他の二人も酔っ払い達の話しに耳を傾けている様子なので、私とカイくんも無言で紅茶を飲んでいる。


「確かに分裂体は他のやつらと合体しているから、ダメージは分散できる。儲からないところは切り離すこともできる。だけどな、おっさん。違うんだ。お、これうまいな」

「他の株主がいるし、まず責任をとるべき経営者がいるしな。お、グラスが空いているぞ」

「おう。このシュワシュワしたのいいよな。いや、違うんだ」

「お、これも旨い。友よ、勿体ぶらずに教えてくれ」


酔っ払い達があれで意志疎通出来ているのが不思議だ。

フィンガーサンドイッチと海産物のマリネをお伴に、スパークリングワインの空瓶を何本並べるつもりだろう。


「逆だ。コーかコーの分裂体がキツネのおっさんや元警備隊達を雇ったり、代理に立てたり、仕事の斡旋やら派遣やらする。そうして居場所を作ってやって、うまくいったところから、コーが消えていくんだ。儲かるところから、切り離していく」

「コーさんはどうやって消えるんだい」

「何かを売っていくらしい。キツネのおっさんやナマケグマなんかに。儲からない部分は手直しして、最後は何たらバイアウトってやつで全てからコーの分裂体がいなくなるらしい」

わかるか、おっさん。

ナッジくんは得意顔だ。


経営陣による株式取得マネジメント・バイアウト(MBO)か、従業員による株式取得エンプロイー・バイアウト(EBO)かな」

「そんなやつだ。さすがだな、おっさん」

「うまく回れば利益は膨れ上がるわけだな」

「ふふん、おっさん。コーはそこらの人間と違うんだぞ。今回コーはこんなに分裂して面倒くさいのに、利益はとらないらしい」

水のようにグラスをあおり続ける黒カラカルは何故か胸を張った。


「友よ、なんだそれは。コーというリーダーは商人じゃなかったか。そんなことを言う商人は信用ならないぞ」

「おっさん。コーはな、コーなんだ」

ナッジくんは真面目な顔で惚けたことを言った。

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