調印式でおすわり
じろじろ。じろじろじろ。
見られている。
カイくんの隣でちんまりと座っている私は、なんだか大人気のようだった。
もう出ていきたい。
「契約前に、改めてのご確認です。どうしても、というお話でしたのでお越しいただきましたが、本来英雄達の街の方々はこのような場を好まれません。最初で最後とお考えください」
アレクサンドルさんがドーナツ形の会議テーブルに座るトールさんを目で示す。
次いで、トールさんの後方、ドーナツ形から外して壁に寄せて設置されたテーブルとソファーに座るカイくんと私を示す。
要らないよ、その目線。
私達はただのトールさんの世話人です。
トールさんは、机と椅子の背凭れにうまく体を挟ませている。
気遣いのひとは今回、めったに着ない強化素材の服だ。
甲羅のゴツゴツで椅子を傷付けないように配慮したらしい。
冒頭の参加者紹介から、「顔がこわい」「体がかたいよ」等意味のないメモを意味ありげなタイミングでワニガメに運んで暇を潰していた私であったが、もう退出したくて仕方がない。
トールさんが「頼むからいてくれ」というので、プラチナロングのウィッグをかぶってお仕着せっぽい服を着て座っている。
カイくんも私と似通ったデザインの服を着ている。
トールさんからつい先ほど受け取った「ここに座るのは本来コーだ。出ていくなよ」と記されたメモを見て、ふう、とため息。
念押しされてしまったら仕方がない。
カーライルさんが持て余し、私達が拠点化しようとしている施設には、フロアの半分を使ったホールがあった。
今日はそこで、関係者が集まって調印式が行われているのだ。
五日前の明け方にアレクサンドルさんと話し合った、おおむねその通り。驚きのスピードで今日を迎えた。
ワシミミズクお父さんやフローくんをはじめとした猛禽類達が港町の空を行き交って賑やかなひとときもあった。
「英雄達の街は今回の事態を大変憂慮されていました。また、それはラスコーさんの所属する組織も同じです。緊急措置として先のような手段で介入されましたが、本来あのような振る舞いは本意ではありません」
トールさんの右隣は元副長さんで、続いてラスコーさん、ナマケグマリーダーがいる。ナマケグマリーダーの隣からは人間達が並んでいる。
トールさんの左隣はアレクサンドルさん、カーライルさん、アッシュリードさん。
私の代理人たるリックさん、その隣はやたらと私にアイコンタクトらしきものをしてくるオジサン、私達への嫌悪感を隠そうとしない老紳士に続き、見るのも疲れる人間達。
さりげなさを装ったもの。
見ずにはいられませんと言わんばかりの動きを伴うもの。
あからさまに不快を表すもの。
興味津々とアピールするもの。
様々な色を纏った視線が、私の繊細な神経を撫でたり、逆撫でしたり、突き刺したりする。
誰だいまカイくんをにらんだのは。
気配を察して睨み返そうとしたら、カイくんが私の頭を撫でだしたので、おとなしくしておく。私が顔を上げないよう、考えたのだろう。
場がちょっとざわついたが、目線を上げられないので理由がわからなかった。
「やむを得ないとの判断があったとはいえ、みなさんに混乱を招いてしまった。その結果に対して、ひとつの誠意として、この場への同席があります。みなさま、そうご理解ください」
ものは言い様である。
アレクサンドルさんだからこそ、まとめられた場。
確かにそれは事実で、彼が頼んで来なければトールさんも私もこんな場に出たくない。とんだ晒し者である。
この町には堅実な商人がいた。
「顔の見えない取引はできない。契約当事者ではないが濃密に関与している英雄達の街に、調印を見届けて欲しい。顧問の力をみせてくれ」
そう言われたアレクサンドルさんから「なんとかなりませんか」と言われた私は、任せっぱなしも悪いかなと、寝起きの頭で思ってしまった。
今思えばアレクサンドルさんに良いように使われただけで、彼は私が断った場合もうまくやったはずだ。
「それでは・・・」
アレクサンドルさんの仕切りで、内容確認後次々契約が交わされていく。
終わった、終わった。ようやく解放だ。
トールさんを急かして一番に会議室を出る。
「コーがいるならコーで良かったじゃないか」
「私この見た目だからね。トールさん一番の年長者だし。亀の甲より年の功、あれ?」
やっぱりこの場合は亀の甲?
記念撮影をするらしい人間達を引き離し、トールさん、カイくんと一緒に控え室である客室に入る。
「海辺で会議をして、ヤーヤさんにしゃべってもらえばはやかったんじゃないのか」
「準備も警備も大変でしょ」
獣人達は匂いでひととなりを察するが、人間達はそれができない。
もちろん観察眼を備えた人間もいる。
ただその手の人間にしても、獣人ほどに経験値の幅を悟ることは難しい。
今回一緒に来ている街の獣人達の中で、人間に慣れていて、じっと座っていられて、見た目の押し出しがきく、となればトールさんが最適だったのだ。
「お疲れ様。もうあとはゆっくりしていて。プールなんかどうかな」
「水があわない。人間達がいなくなるまでここで寝ている」
「じゃあ、私達はラウンジに戻るね」
自由人達がまだ少し残っている。
街に帰るひと、この町に繰り出したいひと、飽きて船に戻るひと。
お小遣いや案内人の要否を確認して、対応しなければ。
じゃあ、と言ってカイくんと一緒に廊下に出て歩き出す。
すたん、とナッジくんが跳んできた。
「コー、そわそわしている人間達はどうする」
くるりと房毛ごと回るかにみえた耳が、一瞬背後で止まってから元に戻った。
「うーん。ラスコーさん」
「なんだ」
のそり。
通りすぎた分かれ道から、ラスコーさんが現れて合流する。
「先にラウンジに行って、みんなの希望に応じてお小遣い渡してもらえませんか。お手数ですが、ラスコーさん的に不安な人はここのスタッフに頼むかガイドを雇ってあげてください」
カイくんが背中に引っかけていた袋をおろしてもらう。
私はその袋から、この町で最も使われている隣国の硬貨を詰めた袋を取り出す。ラスコーさんにじゃらりと手渡す。
それとは別に、羽織っていた素敵風呂敷の内ポケットから隣国の紙幣の束を渡す。
「わかった」
大型ライオンが質問もなく離れていく。
使いだてするようだが、ラスコーさんは私の感覚を信用していない。
英雄達の街的に判断する私より、調整者たる自分が采配した方が波風を立てないと考えている(実際私もそう思う)。
そのためこういうお願いは積極的に受けてくれるのだ。
多分ヒョウのお姉さんその他何人かは、ラウンジから出られなくなっただろう。
後ろで動揺する気配がした。
ふふふ。
どうとでもとれる私のパフォーマンスに、隣のオオカミが呆れている。
ナッジくんはそれを見て、頭上にクエスチョンマークを浮かべている。
「私にご用ですか」
くるりと振り向いた私の視線の先には、会議室にいた人間のオジサマ二人と、初めて見る顔のやや若いお兄さんがいた。
「ああ。もしよければ、アフタヌーンティーでもいかがかな」
麻に似た、涼しげな素材のスーツを嫌味なく着こなした細身の人間。
「誰か先に承諾を得るべき人はいるのかい」
もう一人はやたらとアイコンタクトらしきことをしてきたオジサマだ。恰幅のよいこの人は、服装がこの町とは少し違う雰囲気だ。素敵風呂敷の発展形態のような、崩したフロックコートのようなものを纏っている。
どうしようかな。
「私達の部屋でよろしければ」
もうひとつくらい小芝居をしようかと即答せずにいたら、カイくんが返答していた。
人間達の頷きを確認した白オオカミはさっさと私を抱え上げて歩きだした。
「ナッジが混乱する。もう素直に対応してくれ」
小声で言い聞かされてしまった。




