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キツネの毛並みとモーニングティー

ぴと、ぴと。ペタペタペタ。

茶色の毛並みをほぐしたり、拭ったりする。

見えてきたところで、まずは地肌の消毒だ。


所々に復活した毛並みの艶が、窓から差し込む陽光を弾いている。

やる気が増す。

港町の朝を背景に、穏やかな気配漂うラウンジで、せっせと毛繕いに励む私である。


カイくんといい、このキツネのオジサマと言い、立派な毛並みをもつ獣人が身繕いを厭うのはなぜなのか。

世界の損失である。


「痛かったら言ってくださいね。内傷や、私が見付けられない外傷があると思いますから」

「いや。もともと大した傷じゃない。それよりくすぐったいな」


私の前には、上半身をさらしたキツネの獣人がソファにうつぶせで伸びている。

シャツを脱ぐのは躊躇わなかったのに、手当てを始めると何故か恥ずかしそうになったオジサマである。


横からカイくんが覗き込んで、櫛や布や薬を含ませた脱脂綿を渡してくれる。気分は手術室の執刀医だ。

ただし、判断はカイくんによる。


うーん。古傷が多い。

毛根、なんとかならないかな。

生活改善で毛艶はもっとよくなるはず。


朝日がのぼり、ドミーくん、レイくん、シロくんは再びキッチンに立っている。

寝起きの伸びをしたり、大あくびをする自由人達には先ほどとりあえずのモーニングティーが配られている。


「オレンジの香りをメインにするのだ~。みんな夜身体を動かしているから、起きたあとは心身ともにスッキリ~」

「多いね。皮も練り込むの」

「それはこっちでやる」


モーニングティーを配りながら面々の様子を確認したドミーくんは、再び時短レシピを展開している。

シロくんはすっかりレイくんとともにアシスタントになっている。


私とカイくんは警戒心むき出しのナッジくんからキツネのナイスミドルを庇いながら、彼の手当てをしている。

「コー、何でだ。毛繕い、何でだ」

「そこに毛並みがあるからだよ」


ほら、その腕と不穏な構えの足を降ろして。

チョロチョロする黒い毛並みを撫でると、ううう、と言う。

黒カラカルの手触りも大分よくなった。

きっとこの茶色いお疲れ毛並みもなんとかなるはずだ。


「コーのこれは、不治の病だな」

にゅいっと首を伸ばしたトールさんが言う。

トールさんは深夜も夜明けも朝日の中でも変わらずローテンションだ。睡眠不足で若干ハイな私と異なる。



「こんなしおれた身体の何が良いか分からないが、面白いなら、好きにするとよい」

うつ伏せのせいか、少し低くなった声。

くぐもった感じもまた良い。

完熟した毛並みと台詞が相乗効果だ。

イケオジ感が出ている。


「コーにそんなことを言うと取り返しがつかなくなるぞ。いじくりまわされてトラウマになる。カイのようにな」

「恥ずかしながら、この年になるまでこんなに人間と近く長く接したことがない。適切な距離感がわからないんだ」

「ここに一般的な獣人はいないが、コーの距離感も人間の一般的距離感ではない。これは断言できる」

「ほう。遠目にも感じたが、不思議な人間なんだな」

「生まれも育ちも街だからか、俺達みたいなのに警戒心がないんだ。感覚も街の獣人に近い。さらに、ごく限られた人間としか付き合わないから、一層人間離れしていく」

「ほう」


トールさんは何故かイケオジキツネと仲良くなっている。

私がきっかけのようで、ちょっとうれしい。


そうなのだ。

私達のところに単身乗り込んできたのは、お兄さんではなく、おじさまだった。


遠目で見て、力強い声を聞いて、若いと思い込んでいた。しかし毛繕いをさせてもらって、おや、と思った。

しばらく雑談して確信した。


この苦労人の、人間染みたキツネ獣人はカイくんパパと同年代だ。長老ガラスよりは若い。カイくんママよりは年を重ねている。トールさんは種族柄か年齢不詳なので比較対象外だ。


獣人は年齢が掴みにくい。

普段私は毛並みと声で年齢をはかっているが、獣人達は難敵である。気力体力精神力が人間以上に見た目に現れる。

遠目では大体の年齢すら把握困難なのだ。


手元でなすがままだった茶色の毛並みが波打った。

三角耳が動き、思慮深そうな眼がこちらを向く。


「毛並みといっても、もとがこの場の誰よりくたびれている。今更どうこうなるものでもないと思うのだが」

「いやいや。変わりますよ。こういうときのためにいろいろ仕入れてありますから」

太めでこしがあって、ツンツンした毛並み。

やっぱり艶出ししたいなあ。

早く皮膚を回復させなきゃ。

カチャカチャ。ごそごそ。


「好きにしてもらって構わないが、貴重な備品の無駄遣いではないか」

「何をおっしゃいますか。貴重なのはこの毛並みです。消耗品は、使ってなくなることに意味があるから消耗品なのです。備品と消耗品は科目が違います」


離れて見ているラスコーさんが問いたげな眼だ。カイくんが答えてくれる。

「コーの用語だ。確か共和国にもある。王国のオリーブの店でナップルさんに説明していた。コーのなかでは全てのものが科目とやらで整理されている」


「整理。そのごちゃごちゃした風呂敷のなかがか」

「整理されているのは頭のなかだけだ。コーは物理的作業は苦手なんだ」

「興味深いな」

ラスコーさんとカイくんもイケオジキツネと仲良く会話している。


私、かすがいの役割を果たしている?

善きかな善きかな。

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