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熟睡の幸せ

どれどれ。ほうほう。うわぁ。

アレクサンドルさん一行は、私が手渡した双眼鏡や単眼鏡を順に覗いて声を漏らす。


「あれが元警備隊ですね」

アレクサンドルさんの言葉。


「あの恐ろしい気配の彼が、昼間話題になった最大武力でしょうね。噂に違わず、確かに分かりやすい威嚇です」

ルーフェスさんがやけに滑舌よく言う。


「隣で気配を殺しているのがあいつらのブレーンか。人間の商人との交渉役だった奴だな。あれはキツネか。ディンゴと対になって、相対的に印象を弱めているんだろうな」

カーライルさんが棒読み風だ。


「その後ろでフラットな様子なのが彼らのリーダーでしょうね。ナマケグマの獣人と聞きましたが、ふむ。あの手足の爪くらいですね、らしいのは。強そうですねぇ。木にぶら下がっていたら、私なら逃げます」

飄々と語るアレクサンドルさん。


「周りに散っている群れの構成員は、本当に減っていますか。昼間の商人達は、警備隊交代と同時に求心力を失ったとみていましたが」

話しをつないでいる感のあるルーフェスさん。


「いや、大した数を抱えている。こちらに見せつけているだけで十かそこら、恐らく隠れて配置している数がそれなりにいる。山でうまく生活できたのだろう。古い付き合いの支援者とはまだつながっているらしいと言っていたしな」

少しマトモな語りになったカーライルさん。


「昼間は山で気配を消して、町の様子を見ているのでしょうか。私達を把握しているということは、人間の支援者ともまだつながっているのでしょう」

アレクサンドルさんが付け加えて。


「ああやって、町が致命的な事態にならないよう、できる範囲で守っているのだろうな。義理がたいのか、ナワバリへの執着か、どっちだろうな」

カーライルさんがこちらを見て、話しをしめた。


アレクサンドルさん達は次々視覚情報を整理共有しているように見せかけて、私達に説明していたのだろう。

発言がわざとらしい。

ナチュラルに巻き込もうとするのは止めて欲しい。


「コーさん。シロを起こした方が良いっすか」

赤毛の青年が聞いてくる。


「自然に起きるまで寝かせてやるほうが良い。シロにとって、小さくないショックを受ける可能性がある。少しでも体力気力を回復させておこう」

カイくんが言い、ナッジくんが頷く。


「シロくん、ショックを受けるの」

一緒にソファーに戻ったカイくんを見上げる。

私の問いには窓から私を隠すように隣をついてきたナッジくんが答えてくれた。


「あいつらが本当に聞いた通りの群れだとしたら、な。シロが自分たちと同じような境遇だからいつか保護してやろうと気にしていたのだろ。ところが、だ。この町に不穏な風を吹かせた集団にさらわれたと心配してみれば、だ」

一呼吸おいたナッジくんは、赤毛の青年の隣ですやすや寝ているシロくんと、窓の外を見比べた。


「こいつは、きれいにしてもらって、良い服を着せてもらって、うまそうなものを喰わせてもらって、好意的に撫で繰り回されて、別の群れの匂いがべったり。あいつらから見れば後ろ足で砂をかけられたようなもんだ」

私達が原因で悲しい思いをさせることになるのか。


「シロくん、あんなに警備隊に憧れていたのに。どうにかならないの。私が説明したらどうかな。私達は勢いでいろいろ勝手しましたが、シロくんは嫌がっていました、って。良いリーダーらしいし、シロくん、群れに入れてもらえないかな」

「無理だろう。リーダーは理解しても、あれだけの大所帯だ。間違いなく、わだかまりが残る」


「それに」

ナッジくんは腰にぶら下げたブラシ入りの袋をチラリと見た。

「良いリーダーなら、別の面で群れに入れない。客観的に見て、あの群れよりコーの近くにいる方が安全で、長生きできる」



「こいつ、たぶんこれ、ものすごく久しぶりの熟睡っすよ」

赤毛の青年が口を開いた。


「思いっきり働いて、泥のように眠るって言うじゃないすか。くたくたになるまで遊び回って、しっかり寝て大きくなれ、とか。あれは、熟睡できる環境があるからこそなんすよ。こいつみたいな小さい頃から一人だと、できないんすよ、熟睡。したら身ぐるみ剥がされたり、いたい思いをする。下手したら野生動物や賊の遊びで殺されます」

「常に余力を残して、眠りも浅く、本能でコントロールするようになるんすよ。さっきみたいに寝落ちするなんて、普段は絶対しないはずっすよ」

「したら生き残れない。と言っても、そんな毎日じゃ、身体と精神が擦りきれて、どっちみち長生きなんかできないわけっす」

青年達の説明に、ナッジくんが頷く。


「俺達、仲間に入れるちっこいのは、最初こうやって体力を使わせて眠らせるんすよ。くたくたになって寝落ちしても安全だ。そう身体と本能に刷り込む。そして起きるときにはできるだけメンバーを揃えておく」

「安心な環境は起きたあとにも続く、このメンバーと仲間でいる限りは。そう刷り込むわけっす。この刷り込みは、ギリギリだった奴ほど効くもんで」

「下手な脅しより効くんすよ」

感慨深い様子の青年達は、しみじみ呟いた。


「シロが走り回って疲れて寝落ちして、俺達がそれを穏やかに見ている様子、向こうも察していますよね。獣人の感覚は鋭いっすから。ましてやそういうことが本職だった集団ですよね」

「俺達が仕向けたとはいえ、悪いことしちまった気がしないこともないですが」


「競争入札とやらで、他人の土俵で縄張り争いをし続ける気の元警備隊より、こっちの方がシロは健やかに生活できますよ」

赤毛の青年の呟きに、獣人達がそれぞれ同意を示した。


うーん。

シロくんの思いは別にあることが問題だよなあ。

幸せは主観的なものだからなあ。

罪深いことをしてしまった。


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