不思議な施設
さっさか、さっさか。さっさっさ。
人目をはばかった私が最短距離、最短時間での到着をお願いしたので今日の宿泊地周辺にはあっという間に着いた。
町の中心部でありながら、周囲の宿の二倍以上の敷地をもち、周囲の宿より小さな建物。贅沢な設計だ。
「ハイドさん達がいる。拾っていく方が良いだろう」
カイくんが言うので周りを見回すと、大きな身体を暗色のローブで覆った三人が近づいてくるところだった。
心なしか安心したような、飼い主を見つけた迷子の愛玩動物のような雰囲気を出している。
ちょっと笑える。
「いや~、よかった、よかった」
「先に宿に行ってて良いって言われたもんでのこのこ来たんすけど」
「なんか立派なとこだったもんで。このナリで入って良いもんか、デポジットとか言われたら手持ちで足りないんじゃないか、って」
三人は困ってこのあたりをうろうろしながら私達かアレクサンドルさん達が到着するのを待っていたらしい。
「いつもの調子はどうしました」
中央で好き勝手していたイメージが残っているので、意外だ。
「俺達が普段使ってるとこや、プライベートなら気にしないんすけど、今は皆さんの連れですからね」
「行儀よくしますよ」
「あ、この怪しげなローブは今日の衣装だそうで、俺達の趣味じゃないっすよ」
「衣装ですか」
「いや、散々でしたよ。カーライルさん、俺達をなんだと思ってるんすかね」
「話せば長くなるんでそれは後にするとして、そのごそごそしている荷物なんすか」
「これも話せば長くなるので、まあ、気にしないでください」
そんな話をしながらぞろぞろと進んでいく。
道に接しているのは大きな飾り門で、そこをくぐって花や人工の川や池を楽しみながら飛び石のアプローチを辿ると、円筒形の建物に着く。
ゴシック風の彫刻装飾がちりばめられた、手の込んだ建築だ。
窓とバルコニーの数で推定するに五階建て、レストラン二店舗、ショップ一店舗、客室数十五室程だろうか。入り口には二人のドアマン。
人間の中年ドアマンは、私達を確認すると、人好きのする笑顔を浮かべた。
纏う雰囲気は、接客というより秘書的な調整者のものだ。
お仕着せのように着たかちりとした服も黒髪に載せた帽子も、おかしくはないが、微妙に似合わないと感じる。この人の本業はドアマンじゃない。
「ようこそお越しくださいました、コーさま、カイさまと、みなさま」
「こんにちは。お世話になります」
笑顔のオジサマは、ナッジくんが肩に担ぐ袋がごそごそとしていることに気づいているだろうが、その気配を見せない。
笑顔を返しながら、私は強い違和感を感じていた。
この町で、この設備、この人材への投下資金は、この形態のホテルでは回収できまい。
維持費も回収できないだろう。
ロビーにも、レストランとショップとおぼしき店舗にも、人気はなかった。
愛すべき小悪党達の心配をよそに、私達はするすると五階の最上階のラウンジに案内された。案内してくれたのは飴色のフロントに一人立っていた金髪の青年だった。
「こちらのラウンジには厨房施設がございます。館内は一階を除き、全て貸し切りとさせていただいておりますので、ご自由にご利用下さい。ご要望によりまして、客室の扉には全て鍵を差してございます。ご自由にご確認、ご利用くださいませ」
なんだそれは。この世界はそんなことが普通なのか。
「へー、そんなサービスあるんすね。さすが」
ハイドさんだか、リックさんだかが感心したように言う。
やはり普通ではないらしい。
「大丈夫だ。危険な気配はない」
身体を固くして警戒している私に、カイくんが気付いて教えてくれる。
「ここには一般人はいないのか」
ラスコーさんが金髪青年に聞く。
「一般のお客様はいらっしゃいません。一階の商業施設は休業しております。お食事のご要望がございましたらご希望の店からお持ちします。スタッフは諸事情で五名しかおりません。申し訳ございません。ご不便をおかけしないよう努めますが、至らぬ点がごさいましたらご指摘ください」
「たいしたもんだね」
レイくんの言葉に青年が黙って頭を下げた。
私にはわからない言外のコミュニケーションが行われたらしい。
確認したいことがいっぱいだが、まずはアレクサンドルさんに聞いてからだ。
館内の探索前に、ドールをお披露目することにした。
青年が立ち去り、ラウンジ内で思い思いの場所にくつろぐ皆の前。
ナッジくんが再びドールを抱えている。
うわ。うわわ。うわわぁ。
異口同音に、三人の元小悪党がドン引きした。
「俺達もヤバかったっすけど、コーさん達のほうも大概っすね」
「行儀を気にする必要なかったっすね」
無表情カラカルが袋から出した瞬間から、拘束された幼子を凝視する三人である。
「拉致誘拐ってコーさんオーケーなんすか」
「クリーンな仕事をしろというオーダーじゃなかったっすか」
「あ、獣人的なクリーンさでしたか」
「それだと俺達わかんないっすよ」
「いえ、普通のクリーンさで良いのです。やっぱりそうですよね・・・」
人間三人に言われて、私に理性が戻ってきた。
どうしようと落ち込む私のかわりに、横に座ったカイくんが三人に経緯を説明してくれている。




