フクロモモンガと人材
テッテテ。てって、てってて。
わかりやすくついて来る軽い足音がする。
私が気付くくらいだから、カイくんのウルフイヤーは当然反応している。ただその動き方をみるに、困惑している度合いが強い。
付いてきているのは私よりちょっと小さいくらいの男の子だ。
結論から言うと「ちょっと景気の悪い」人達の溜まり場は巡りは二軒が限界だった。私はライオン二人とごく短時間しか同道出来なかった。
何かあったらカイくんの胸をグーパンチするように言われていた。生地の効果で、私の脆弱アームでは軽く叩いたくらいだと分からないからだ。その打ち合わせに従い私は、二軒目に入って10分くらいでぽすぽす力無くグーパンチした。気付いて私を一層抱え込んだカイくんを含め、四人はどこから何が起こった、と慌てた。
私には、不可視の多大なダメージが入っていた。
においだ。かつて満員電車で通勤していた時、数回遭遇したものを濃縮した感じ。周りから抜けていないアルコール臭が吹き付けられ、そこに複数の体臭と劣化した香水をまぜ、その他諸々を足した感じ。
多分この世界でずっと空気の綺麗な街にいたので耐性がなかったのだろう。においは前世でもダメだったのでどうしようもない。
何よりきついのは、不健康な獣のにおいがしたことだ。
ライオン達とカイくんは顔半分を覆う、嗅覚が鋭い種族用のマスクをしていた。
鼻をガードし、口は開けられる優れものだ。
このにおいを、予測していたのだろう。
ルーフェスさんが気にしていなかったので、私はノーガードだった。
私とカイくんそれにルーフェスさんはそこで離脱し、メインストリートに戻ることにした。
そうしてものすごく悲しい思いとともに、嗅覚に染み付いてしまったものを引きはがそうと深呼吸していたら足音に気付いたのだ。
「どうしますか」
ルーフェスさんが聞く。
「可能なら話を聞きたいです。多分何かと一緒です」
「弱った何かだな。時々気にしている」
マスクを外したカイくんが言う。
「じゃあ、古典的ですが、次の角を曲がってください。私が捕まえます」
ルーフェスさんが事もなげに言うので、私はちょっと疑った。
「他にいませんか。いる可能性はありませんか」
「ハッシュさん達が見逃してましたからね。私はさておきハッシュさん達は確かな目をもっているでしょう?」
ルーフェスさんの自信を再び失わせてしまっているようだ。
角を曲がったところで、ルーフェスさんが私達とはなれ、少年を死角から捕獲した。
「まだ何もやってないぞ! なんだよっ」
くたくたのシャツとズボン、ウエストポーチをつけた人間の男の子だ。
「未遂を告白してくれましたけど、どうします」
「何をしようとしたのかな」
フードを外して聞く。
カイくんの腕の上の私をみて、がっかりした顔をした少年がおとなしくなる。
「人間か。大事に抱えて、時々ナッツなんか与えているから、高い動物かと思ったんだよ。付いていって、おこぼれがもらえないかと思ったんだ」
「あわよくば代金を奪おうとしたわけだ」
私を高額取引される動物だと思って、取引の後にカイくんが得るだろう代金を奪おうとしたということか。
「無謀な。オオカミに襲いかかる気か。武器もないのに」
「英雄達の街の白オオカミだろう。武人じゃないのになぜ強襲隊といる、一人なら何とかなったのに、って言っている奴らがいた」
「そんなに切羽詰まった輩がいたのか。あの店はマシな方だったと思ったのに」
しまった、という顔をしたルーフェスさんに、私は冷たく言った。
「ルーフェスさん。カイくんを危険に晒したこと、忘れませんよ」
比較的安全だし、今回の件が話題になるとしたらこのあたり。そう説明して店を選んだのはルーフェスさんだ。ライオン達は本当に良いのか、と確認していた。そのやりとりの理由はこの認識のズレだったのだろう。
人間と獣人の感覚のズレか、経験値のズレか、どちらに起因するのだろう。
少年が言う。
「なあ、なにか仕事はないか。なんでもやる。捕まってもばらさない」
全体的に汚れているが、まずまずの顔立ちだ。
栄養が足りていないのか骨張っている。少し肉付けすればワイルド系キュートボーイが出来上がりそうだ。
「そのウエストポーチの中身を見せてくれたら考える」
私の言葉にカイくんとルーフェスさんがぎょっとした。
考えると言っただけで仕事をあげるとは言っていない。悪い大人のフレーズは噛み殺す。
「俺が悪かった。なんでもやるといったけどこいつだけは渡せない。それに病気なんだ。無理矢理連れていったって死んじまう」
「なぜこっちが悪者みたいに言われてるんでしょうね」
幸いメインストリートから外れているが、人目がないわけではない。
いや、実際そうか。
大きなオオカミと体格の良い人間男性が少年を捕まえて脅している図。
未遂だったしそもそも遂行は不可能に近い襲撃計画だ。あれ、やっぱり私たちが悪者だ。
「ワルイヨウニハシナイ。ミセテ」
「なぜカタコトなんです」
ルーフェスさんが言うが、もう悪者っぽい台詞しか浮かばない。
ウエストポーチに入る生き物だ。見たいというよこしまな思いが押さえきれない。言い訳はしない。
逃げ場がない少年が観念して開けたウエストポーチ。
取り出したのはフクロモモンガ獣人の子どもだった。
手の平サイズの、リスを絞ったような体。黒い縦の縞模様の顔に、真ん丸の大きな目。長くて立派なしっぽが特徴的な種族だ。今はその特徴的な目が半目で虚ろで、調子が悪そうだった。
「医者には行ったの」
「診察代がないんだ。親が死んで孤児院に連れていかれたことは知られてしまっている。現金を見せないと診てもらえない。なあ、本当に調子が悪いんだよ。生まれてからずっと見てるんだ、こんな状態になったのは初めてだ。俺が出来ることなら一生懸命働くから、医者代と薬代なんとかしてくれよ」
フクロモモンガと戯れることが出来るならお安いご用である。
「ルーフェスさん、まともな医者はどこにいますか。最新の情報でお願いします」
「医者は守備範囲外です。フランクさんに聞きましょう」
出来ないことは出来る人に聞く。
その姿勢は評価するが、この人はこれで良いのか。
アレクサンドルさんのやっているだろうことを考えれば、懇意の医者がいておかしくない。私達に知らせる気がないのか。だとすると、このやりとりはお粗末だ。ルーフェスさんが知らされていないのか。そうすると、ルーフェスさんの立ち位置はどこにあるのか。
フクロモモンガを見る横目で、私はルーフェスさんの整った所作を追っていた。




