港町で手を振ろう
では、では。うん、うん。では、では。では。
元小悪党達の戸惑い顔をスルーして、大きく手を振った。
元小悪投達は、らしからぬ動揺をみせた。
「え、え」「コーさん達と別」「嫌な予感しかしない・・・」とかなんとか言っていたが、笑顔でお別れすることにした。
「では、夜に。宿でまた」
船上で朝日を浴びながらフルーツとパンケーキの朝食を摂った後。
船は予定通り最初の目的地、大きな港町の管理海域に入った。検査官を船に迎え入れたり、書類を示したり、積み荷の説明をした。
一通り船上陸上での諸々を終えて解放されたところで、アレクサンドルさん一行プラス青年達と別れた。
各地域への出入りに必要な手続きはアレクサンドルさんが事前に大方やってくれていた。お陰で円滑だった。
王国ならまだしも、国外に英雄達の街の大型肉食獣人が複数移動・上陸するならば大変だろう。そう思った私は、諸手続きに一日はかかるだろうと覚悟していた。ふたを開けてみれば半日未満だった。拍子抜けすした。この先もこの調子なら、これが強かオジサンの希望ルートを受け入れた最大のメリットかもしれない。
灰色オオカミ二人が爽やかに挨拶する。
「じゃあな」
「宿がたのしみだ」
アレクサンドルさんの今日の目的地は、主に人間を相手とする大店だという。
それを聞いて、アナハくんとヘルマンくんは「離れて見守る」と言った。二人なら、港町に溶け込むことは容易なことだろう。
「よろしくね」
既に町に馴染んだ様子のオオカミ兄弟の後ろ姿も見送る。そうして私はカイくんの腕の上に落ち着いた。
「お昼になる前に解放されて良かったね」
兄弟らしからぬ白オオカミを見上げる。
「前はもっと手間がかかった」
かつてを思い出した様子でカイくんが言う。
数時間前、陸地を進むアレクサンドルさんのスタッフ達は、この地の役人達とともに私達の前にスススッと現れた。私達の世話を細々焼いてくれた。そうして速やかに次の手配に去って行った。
私はそれを思い出して口にする。
「アレクサンドルさんに感謝感謝」
頷くカイくんの毛並みは良好だ。
湿度があるからか、心なしかしっとりしている。
体調の良さそうなお兄ちゃんの様子に、私は張り切った。
「気になるところがあったらどこにでも行こうよ。今日の宿はこの町の中心らしいから、半日自由だよ」
みんなの足なら町の端からでも大した時間はかからない。
浮かれた私をよそに、ナッジくんとレイくんは周囲をじっくり見ていた。
「雰囲気が全然違うな。気配がうるさい」
「匂いがきついね。海の匂いに負けてないや」
何か気になるようだ。
目の前に広がるのは街から船で一日の距離にある港町である。この町と、海岸沿いに点在する複数の町が緩やかな結びつきをしているという。
各町に自治組織があり、他国・他地域との交渉時には各自治組織の代表数名が港町連合代表団を構成するらしい。
利益調整が大変そうだ。
我が国の中央と比較すれば、この町だけで昼間人口で三分の一、実効管理面積でもそれくらいはありそうだった。
夜間人口は計りにくい。
周囲にベッドタウンといえるほど拓けたところはない。
地図と、見渡す限りの風景で判断すれば、町のまわりは海と山である。陸揚げされた物資を運ぶ道は整備されているらしい。が、やはり主は海の交易らしい。
路地の様子から、ストリートチルドレンが相当数いる気配がする。同様の大人達もいそうだ。
昼間は船乗り達の町。夜は入れ替わるのではないか。安全な町中で夜を明かそうとする人々がどこからともなくやって来るのではないだろうか。
「アレクサンドルさん達、何をするつもりだろうね。街の品も、似たものも売っているけれど、多くはないよね」
「気になるなら付いていくか?」
「とんでもない。触らぬ神に祟りなしだよ」
栄えた港町。
つまりは富の流れに勢い、あるいは高低差がある地域。それなりの金融も商流もできあがっているところだ。そんなところに、アレクサンドルさんがわざわざ乗り込んでいくという。
ろくな展開じゃない。
ほのぼの、わくわくな獣人とのふれあいも期待薄である。ここに滞在する間は別行動が吉だと私の第六感が働いている。
これから私、カイくん、ドミーくん、レイくんとナッジくん、それからラスコーさんは、気ままな観光客として新しい地を楽しむのだ。
ギースさん、フルちゃん他何人かは、海辺でしばらく身体を慣らしてから宿で合流する。一方、ここの気候と町の様子が肌に合わない人は船で過ごすという。
何人かが「んー、やめとく」と踵をかえしたのが印象的だった。
「コー、お昼はどうするのだ~?」
ドミーくんは所々にある屋台が気になるようだ。多くは魚介類や肉類を焼いている。
カイくんのガイドブックによるとここはまだ我が国や王国と似通った風土のはずだ。
しかし、海の玄関口付近は外から来た客向けなのだろう。売っている飲食物はエスニックな香りと見た目の品が多い。
私の顔程もある大きさの、見た目山賊焼き。しかし、匂いは爽やかハーブ風味の塊。
肉厚ないかの照り焼き風。と、見せかけて甘酸っぱそうな香りを放つ串。
パフォーマンスをしながらコーヒーと紅茶と何かを混ぜ合わせる売り子。
クロサイボーイがそわそわしている。
かわいい。
黒カラカルは無表情に周囲を見回している。
「屋台でも、お店に入っても、どちらでも良いよ」
真面目ライオンが頷いているのを確認しながらドミーくん、レイくんとナッジくんに向かって言う。
「迷うのだ~。はじめての香りも気になるけど、食材自体も、調理法もみんな気になるのだ」
ドミーくんは楽しそうだ。
「任せた」
「うん。任せる」
ナッジくんとレイくんが言う。
ドミーくん自身は植物系の食事を好むが、優しいクロサイは同行者の好みを考慮したチョイスをしてくれる。私も安心だ。
「ガッツリ系の商品が多いのかな。あのお肉もお魚も、スパイスのいい匂いだけど、量が屋台じゃないよね」
道行く人々も、たくましく日焼けした人間や、中型ながら手足と首のしっかりした獣人が多い。彼らが持つとちょうど良いサイズかもしれない。
屋台や飲食店以外の店の商品は、見た目の派手な宝飾品が目立つ。分かりやすく大きな輝く石が付いていたり、金銀の細工ものが陽光を弾いていたりする。値札もなかなかの桁数だ。家族連れ、観光客向けではない。時間とお金の使いどころが限られる船乗りか、商人向けなのだろう。各店の奥では卸売りの気配もする。
ただ、町並みに少し違和感がある。小売り用のオープンな店構えが多いわりに、卸売りの気配が強すぎる。
ふむ。
ドミーくんがいくつかのお店を選んで食べ物を買い集め始めた。その傍らから、レイくんはときどきどこかへ行っては戻ってくることを繰り返している。
ナッジくんも跳ねて行っては戻ってきている。
二人は食べ物より気になることがあるようだ。
ナッジくんが離れていくのは珍しいが、ラスコーさんと目配せしあっているので、問題はないのだろう。




