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シロクジラとこんにちは

ぽう、ぽぽう。ぽう、ぽう、ぽう。

くぐもったような、ノイズが入ったような不思議な音が漂う。

「はじめましてー、ヤーヤさーん。コーでーす」

カイくんに腰をつかまれながら、快走する船の手すり越しに声をかける。


晴れ渡った空。

陽光に輝く水。

水を掻き分ける白い身体も輝いている。

実際の肌は傷だらけだと本人は謙遜するらしい。

しかしキラキラと水をまとう巨体はなめらかにしか見えない。

輝きに、眼を眇める。

私達が乗る船に少し距離を置き、護衛艦のように海を併走するシロクジラ。大きくて格好良いこのお兄さんは、ヤーヤさんと呼ばれている。


挨拶代わりににぽうぽう音を出しているが、彼が直接意志疎通する術を持っていることを、私は知っている。

「やあ、こんにちは。ようやく会えたね。いつも楽しく活躍を聞いているよ」

ぼやんとした声が、ふんわり聞き取れる。

不思議な感じだ。柔らかな歌声のようにもきこえる。

一緒に手すりをつかんで海を見ていたナッジくんが戸惑っている。

「不思議な感覚だな」

房毛ごと耳をくるんくるんしている。


「ヤーヤさんとお話し出来ると思って楽しみにしていました」

「カイから、コーの話は毎回楽しく聞いているよ」

「カイくん、そんなに来ているのですか」

「ああ。いつかコーが海に興味を持ったときのためにと、ボートだったり泳ぎだったり。私を目印に海上をやって来ては、私の上で休憩しながら雑談をしていくよ」

白いクジラの上にいる白いオオカミ。

私的世紀のスクープ映像だ。見たい。


前世でいうところのシロイルカ。

十メートル越えで、サイズ的にはシロクジラ。

水中でトールさんや他の種とも意志疎通でき、かつ水中以外でも意志疎通できるステキなヤーヤさんは、頭をクイクイしながら話してくれる。


イルカとクジラは四メートルを境に呼び分けると聞いたことがあるが、この世界ではそのサイズ感もズレてくる。

イルカっぽい頭をもつ十メートル越え海の哺乳類がたくさんいる。

話しかけると答えてくれる彼ら彼女らは年齢とともに身体が大きくなり、いろいろ身体の機能が発達していくらしい。ヤーヤさん達は発声器官を獲得しているのだ。


ヤーヤさんが近付いて来てから、オオカミは特段言葉を発していない。二人は軽い黙礼だけである。私の感知出来ない周波数で会話しているなら別だが、余程親しい間柄のようだ。

先程からカイくんは私のウエストベルト型ライフジャケットの装着状態が気になるらしく、かがんで確認に余念がない。


「ヤーヤさんと会うなら私も連れてきてくれれば良いのに」

自分の服と私のライフジャケットをロープで繋ぐべきか悩んでいるお兄ちゃんに言う。

「森を抜けてか?」

「それなんだよね」


街から海に出ようとすると、どうしても未開の森を抜ける必要がある。

「頼めば何人かついてきてくれるが、それでは嫌なのだろう」

大した理由なく足手まといな私を連れて森を抜けてもらうのは申し訳ない。

みんなは問題ないと言うが、私自身がどうすれば良いかわからない。挙動不審になってしまう。


今回はお願いしても良いかなと思ったので、動く金庫未開の森バージョン3に乗る私とアレクサンドルさん一行プラスアルファ、を連れて来てもらった。

動く金庫の強度と海岸までの距離を勘案し、乗船予定者以外の暇な獣人達が二重に守ってくれた。


「今回の旅についても聞いているよ。珍しい機会だ。毎日陸を離れたら隣を進むよ。そのうちイッカクも合流するらしい」

ヤーヤさんの言葉に私は興奮した。

「わあ、ありがとうございます。一緒に旅しましょうね。イッカクというと、牙がグーンと角みたいな?」

「そうだよ。私達はこの海域を一緒に守っているからね。みんないわば群れだね。勝手に動き回るけれど」


わああ。わああああ。

楽しくなりそうだね。

はしゃぐ私の隣では、カイくんがせっせと私が海に落ちたときの対策を講じている。


「甲板を浮き輪で埋める気か」

トゲトゲボディを揺らしてトールさんが歩いてくる。

丸い、一般的なドーナツ状の浮き輪。いかだ状のもの。本格的な救助用浮き輪。

カイくんが持ち込んだ大きなカバンのなかからでてくる、でてくる。私のウエストベルト型ライフジャケットも、船に乗り込む前に付けられたものだ。

「コーは泳げないんだ」

オオカミは重々しく言う。

「万が一落ちたって、船の回りにはヤーヤさん以外にもいるんだぞ。乗組員も、空を飛んでいるのもいる。これは海のガーディアンが牽引する専用の船だ。スクリューもない」

トールさんはトゲトゲした手で、固いロープをつつく。

「海を舐めてはいけない。何が起こるかわからない。溺れた人間は暴れる。小さいコーは隙間をぬって沈むかもしれない」

「いやいや。そもそも船とコーをこんな厳重にロープで繋いでおいて、どうやって沈むんだ」


船本体に開けられている何かを接続するための穴。乗船早々それを見付けたお兄ちゃんは、いの一番に特殊素材でできた強化ロープを通した。そうして反対のはしを私のライフジャケットに接続した。

結果、私はそこを中心に半径数メートルしか動き回ることが出来なくなっている。


「コーはよく平気でいるな。窮屈というか、逆に身動きが取れなくて危なくないか」

ワニガメのトールさんが心配してくれる。

「みんなが安心できるならそれで良いよ。私は邪魔にならないように小さくなっているから。これだけ動ければ十分十分」

客観的に見ればかなり不審かもしれない。

しかし陸から離れてだいぶ時間が過ぎている。

私達を見る人間もいない。

「ならもうひとつ確認だが、他の人間達が身軽過ぎないか。もうちょっと心配してやったらどうだ。コーが連れて来た妙におとなしい人間達が、ずっと扉の影で震えているぞ」


まぶたまでゴツゴツしたトールさんの視線を辿る。

甲板へ出る扉の辺りで、体格は良いが人相が良くない青年三人が肩を寄せ合っている。


うーん。

彼らは相変わらず振る舞いが小悪党だ。

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