便乗する人々
むむむ。むむう。
黒オオカミが考えている。
大きなからだを、これまた大きなソファに埋めたカイくんパパである。首をかしげては、私とカイくんを眺め、またむむう、と小さく音を出している。ちょっと面白い。
カイくんパパが代表者会議に旅立つ前に、今後の予定を相談しにカイくんの家にやって来た。
アレクサンドルさん一行がまた後を着いてくるので、ドミーくんとレイくん、それにナッジくんとは別行動にした。
大人数過ぎるからね、と説明したところ、ナッジくんは玄関前まで送って来てくれた。過保護なナッジくんだが、「この家は安全だ」とすんなり離れて行った。
そうして、応接室で各々好き勝手くつろぎながら船旅について相談している。
アレクサンドルさんはカイくんママがだしてくれたフルーツのチョコレートがけを食べているし、カーライルさんはエールの瓶を手放さない。ルーフェスさんは静かに紅茶を飲んでいる。
「カイ以外、船旅は初めてではないかね。あの乗り物は乗り手を選ぶよ。意外な人物が苦しむことがある」
「そういえば、この身体、まだまだいろいろな器官が未発達でした。レイくんとナッジくんは適応力が高いと勝手に考えてしまいました。ドミーくんはどっしりしてきましたが、乗ってみないと分かりませんね」
カイくんパパは船酔いを心配してくれているようだ。
前世は乗り物酔いしないタイプだったので辛さがわからない。この身体はどうなるのだろう。
「船酔いの可能性を伝えて、消極的なら、諦めるか、二手にわかれます」
お試しで乗船してみて、みんなダメそうなら船旅自体を取り止めしよう。目的地を決めて、陸組と海組にわかれても良いかな。
そう考えたのだが、カイくんは断言した。
「いや、三人とも一緒に乗る」
「とのことです。みんなに効く酔い止め薬、ありますか」
カイくんが言うならそうなのだろう。
代表者会議に向けて、普段海にいる獣人達の一部が、今度こそ帰ってくる。ちょうどメンテナンス時期にあたる船に、陸に降りたいメンバーを集め、その一隻だけ街近くに設けたドックに入る予定と聞いている。今年は人手が足りているため、陸に降りても代表者会議に出席しない乗組員はしばし自由となるらしい。
「酔い止め薬か。沿岸地域にはあるらしいけれど、街にあるかな。もう、街の乗り手は慣れていて、酔わないからねぇ」
カイくんパパは応接室をぐるりと見回して首をふる。
見るまでもなくオオカミ一家の家は造りも内装も質実剛健で、収納も大してない。
都合良く薬が出てきそうな棚などないのだ。
「そうだ、アナハとヘルマンに言って、日中だけ船で進むと良いよ。薬も調達しながらね。修繕の終わっている手頃なサイズの船がある。適度な大きさがあって、かつ大抵の港には入れる。それに乗ってのんびり適当な所を巡ってきたらどうかな。陸が恋しいと言ったって、二人はどうせ適度に海に触れていないと不安になるんだ」
慣れていないなら慣れろとは、強者の発言である。
しかしながら、カイくんが頷いているので、獣人基準ではありなのかもしれない。
「いやいや、コーさん。納得してますけど、酔う人間には普通にキツいですからね。恐らく街の方々以外はみな、同じですよ」
ルーフェスさんが言う。
「ルーフェスはまだ酔うのですか。まあ、今回で慣れるのですね」
アレクサンドルさんが不思議なことを言う。
「今回とは?」
問う私に、カーライルさんがニヤニヤ笑って言う。
「会長は同行する気でいるぞ。俺も楽で良い」
「お忙しい方々が何を言うのですか」
呆れた私に、ルーフェスさんが首を振る。
「会長はまたしばらく中央から避難です。今回また派手なことをしましたから。船旅は良い選択肢です」
ドライオレンジのチョコレートがけをかじるアレクサンドルさんが笑みを浮かべている。
「海を海岸沿いに移動して、陸を移動する品の納品に立ち会えると最高ですね。あちらには、多様性を重んじる地域もあります。コーさん達がのびのびできるところもいくつかありますよ」
行き先まで希望されてしまった。
そんな勝手な、と思ってオオカミ親子を見る。
「良いねぇ。楽しそうだねぇ。代表者会議と関連行事さえなければ一緒に行きたかったよ」
カイくんパパは問題がないがごとく受け入れ、カイくんも頷いていた。
まあ、たまにはアレクサンドルさんの後をついていくのもよいかな。




