コーと衣装
ふーん、プーン、プーン。
ルーフェスさんからあからさまに顔を背ける。
ちょっと着こなしが出来るからって幼女心を軽んじて良いわけではないのだ。
カイくんが苦笑しながら左腕に乗る私の背中をぽふぽふする。
白銀の毛並みが深い青の生地に映える。
見たかったけど、これじゃない。
ルーフェスさんはなぜ私がそっぽを向いているのかわかっていない様子だ。
フランクさんご用達のお店を出て、フランクさんを事務所に送った後、ライオン二人とルーフェスさん、カイくんと私の五人は、メインストリートを歩いていた。
かのお店では、採寸やら生地選びやらデザインの相談やらで盛り上がって、お店でお茶までごちそうになった。その間に私の衣装が一点突貫でできた。
服が完成したらそれぞれに連絡やお届けを、となったところでルーフェスさんが対応したことが始まりだ。
「これから行くところが少し心配なので、一つだけ作ってもらえませんか。あの生地であのトルソーの着ている形をベースに、フードになるような余裕をつけて・・・」
出来上がったのは各所にドレープ加工をした長方形と、その一辺にマフラー状の布を残したものだった。
ルーフェスさんはそれを私に巻付けた。
古代ギリシアのヒマティオンあるいは古代ローマのトーガに顔を隠す部分がついた感じだ。
巻き方で雰囲気が変わるし、オシャレ上級者の見立てだと私はこのハイセンスアイテムを使いこなすイメージなのかな。
生地のよさが際立つから私ではまだちょっと貫禄が足りないのでは、でもこれはこれでエキゾチックなのかな。
つらつらと思ってルーフェスさんを見上げる。
小粋な商人ルックのエセ護衛は、真面目な顔でカイくんに説明していた。
「まずいと思ったらココとココを掴めば背負っても大丈夫ですよ。背負ってから前に回せば駆けてもいける。こうすれば包んで抱えることも出来ます」
カイくんの風呂敷か!
カイくんに薦めた生地の色違いで、ちょっと良いかもと思いはじめていたので失望は大きかった。
「コーがよく喜んでいる布に埋もれたちび達と一緒だ。かわいいんだろう」
青い布に埋もれた私を乗せたカイくんが、誰視点かわからないことを言う。
カイくんが「かわいい」という感覚を掴みきれていないことを私は知っている。
不器用に慰めようとしてくれているのだ。
「これがあればいつでもコーを乗せてやれる。服や毛や爪が引っ掛かってコーの肌が傷付くこともないだろう。父さんも抱え上げてくれるぞ」
正直、肌触りは格段に良いし、羽織かたで大きくなっても使えそうだし、安全性も高い。
包まれていると眠くなるほどには快適環境だ。
今の私が巻付けて動き回るにはちょっと重い。難点はそれくらいである。
「ルーフェスさん」
「どうしました」
「私は小さいし、弱いし、逃げ足も遅いどころかないに等しいです。お荷物なのはわかっています。よろしくお願いします」
私は精神年齢アラフォーの大人だ。
大人の対応をしようじゃないか。
「どうしたんです。何か怒っていませんでしたか」
「いいえ」
「私はてっきりルーフェスさんがコーさんに似合う服を贈ろうとしていると思いましたよ。人間のセンスで考えていると。まさかカイさんの持ち運び用とはわからなかった。店のみなも不思議な顔でした」
シェーヴェさんの言葉に付け加える。
「呆れと、憐れみと、一生懸命服として作ったのに風呂敷扱いされた職人さんの哀しみの表情です」
「心の広い店でよかったな。私ならもうあの店にいけない。それに期待に満ちた表情のコーさんにあの説明はできないし、平気で横を歩けない」
ハッシュさんが無表情に言う。
え、とルーフェスさんが固まった。
「ルーフェスさんは、善良な消費者や取引先と接するのはやめたほうが良いと思います」
無意識にやらかしますよ、親切な私はアドバイスしてあげた。
「さて、念のためここからはコーさんは顔を隠しておいた方がいい。種族がわからないように出来たらなお良い」
ハッシュさんがみなの足を止めた。
あと少し行くと、ちょっと景気の悪い商人が増えるという。
これから、玉石混交な話が飛び交うエリアで飲食店をはしごする予定だ。
獣人達から相手の商人達の契約上の情報は得られるにしても、その蛇の道レベルがわからない。
机上の議論で対応しきれるか、追加の策を考えるべきか、肌で感じておきたい。
カイくんは渋った。
私は熱弁した。
直接接触しないし、隠れている。この条件で、このタイミングだけ、同行させてもらうことになった。
小型愛玩動物を装って、私は青い特殊素材布に埋もれた。
快適快適。
ルーフェスさん、こういう、センス自体は良いんだよなぁ。
時をおかずして、周りの心配をよそに、私は締まらない状況に陥った。
首まで布が来ているし、フードを深く被っているし、カイくんの体の揺れが伝わるしで、眠ってしまいそうだ。




