ダイルさんの擬態
ふらふら。ふらふらり。
「先日は失礼しました。初めてでしたが、空の旅は、なかなか寒いものでした。さらに乾燥していくものですねぇ。風に体温以外の何かを奪われていく思いがしました」
しわしわ、じゃなくて、枯れ枯れおじさんがコリーちゃんと一緒に、来てくれた。
大型のワシミミズクとの対比で、一層縮んで見える。
コリーちゃんとダイルさんは、完全に夜になる前に歩いて家まで来てくれた。
風のせいではなく、会うたびに、ダイルさんは削り取られたかのように体積が小さくなっている気がする。
コリーちゃんが立派な体格なので余計そう見えるのかもしれない。
席を立って二人を出迎えた私は、早速コリーちゃんに覆われた。
「まあまあ。相変わらずコンパクトねぇ」
焚き火に照らされた猛禽類は、鋭い眼差しのまま、片側の翼を広げて私と比べる。
爪先立ちしたが、肩に届かない。
コリーちゃんの肩どころか、翼の三分の二に満たない。
カイくんが、無言で私の席にフルーツを積んでいるのが見える。
「せっかくなので、この頃の共和国について、考えを聞かせてもらえませんか」
だいぶ前からダイルさんはライオン達の金庫番的な立ち位置に落ち着いている。当然今回の市場操作の件も承知しているのだ。
「おそらく、共和国内部で隠したい何かがあったのでしょう。よくある手です。本命の、大事があって、それを打ち消すか、ニュースバリューを落とす話題として、今回の件が出てきたものと思います。発案者はうまく利用されただけでしょう」
ダイルさんは膜がかかったような眼のまま、即答してくれた。
ダイルさんの症状は、精神的なものに大きく左右されるという。
物理的な環境変化、気候や気圧の変化には意外と一般的な反応らしい。慢性的に胃は良くない状態ながら、本人の説明によると、空の旅のあとは半日もたたずに復活したという。
私よりよほど丈夫である。
「やっぱり、粗すぎますよね。今回の件、力業すぎて変ですよね」
「英雄達の街の影響力を落とす方法は、私が幼い頃からいくつも論じられていました。実行されずにいたのは、大多数の人間はそれがただの机上論だとわかっていたからです」
カニたまスープのような一皿を、丁寧に食しながらダイルさんが教えてくれる。
私達が差し出した食材を吟味したコリーちゃんが、ささっと手を加えて完成した一皿だ。
固形物はまだダメなのかな。
「当時から、なんと言いますか、好戦的、うーん、一度やってみろというか、失敗しても共和国の国力の前では些事だと主張する、経済的タカ派はいました。ただ、本当にそう考えているのはごく少数で、相対的なバランスをとっていたというのが私の印象です」
コリーちゃんが甲殻類を豪快に噛み砕く横で、ダイルさんはつらつら教えてくれる。
話題がないときに甦る、結論が出ない議論です。
タカ派と言いますか、共和国商人がいなければ世界は止まる、と考えている一派がいるのです。
そこと、たまに部分的に利害が一致するグループが手を組んだりするのです。
当然そのグループと利害が敵対するグループがいて、小競り合いになったり、大事になったりするわけですが、その流れをうまく利用すると、別のところで火花が散ったスキャンダルをボヤにすることができるわけです。
「そのようにして、私のときも、有効活用されたようです」
他人事のように説明してくれたダイルさんである。
私はコリーちゃんとダイルさんの顔を伺いながら話を聞いていた。
ダイルさんは食事もできている。
スープのお皿ももう空だ。
まだ大丈夫かなと、聞いてみる。
「今回、私達の案でなんとか行けるでしょうか。ケインくんのお手伝い、私達に何かできることはあると思いますか」
あ、ダメだった。
私はすぐに失敗を悟った。
このスイッチが、わからないんだよなあ。
ダイルさんの形相や物言いがガラリと変わった。
「こんなもの、チカラワザにはチカラワザで返せば良いのです。力を見せてやればよいでしょう。ある意味、同じ土俵ですよ。得意なチカラの形が違うだけ、ふん、こんな、みっともないやり方なぞ」
「はいはいはい。私達は失礼するわね」
ダイルさんのスイッチが入るや否や、コリーちゃんがダイルさんを翼で覆った。
ダイルさんの言葉の半分はコリーちゃん越しだ。
コリーちゃんはダイルさんを速やかに回収して、去ろうとしている。
「コー。あれも擬態なのか。人間はすごいな。一気に気配が膨れ上がったぞ」
ナッジくんが感心している。
ごふっ、がふっ。
遠ざかるダイルさんの身体は、はっきりと揺れている。
誰かに向かってしゃべり続けるも、むせたり吐きそうになったりしているのだろう。
コリーちゃんに促されてゆっくり歩くも、一人で興奮し、立ち止まってはうずくまる。
エキサイトすると大変だが、コリーちゃんの言うことはいつでも聞いてくれるらしい。
ごめんね、コリーちゃん。ごめんなさい、ダイルさん。
心の中で謝って二人の後ろ姿を見送った。




