不労所得と資本
あー。すみませんね。すみません。はい、はい。すみませんー。
ナッジくんの「きたぞー」という声を受けて、ナップルさんが、よっ、むむっ、と言いながら、カウンター下を操作しだした。
クローゼット屋のお姉さんが横の壁に収納されていたシャッターを閉め、裏に引っ込む。
正面入り口から見える足場が壁に収納されていき、収納された足場にいたナッジくんとフローくんが、パネル裏の足場に移動した。レイくんが階段から降りてくる。
入口からは、入ってすぐのテーブルにいる王国の獣人二人と、受付のナップルさんとマニュくんしか確認できない状態になった。
入口脇のテーブルにいたハイエナとハゲタカのお兄さんが、またか、と呟いた。
ガン。ドタドタドタ。トントントン。
平常時の武装をした王国軍の兵士が二人、拠点に入ってきた。
乱暴に扉を開け、わざと軍靴の音を鳴らす人間が一人。
あとから普通に歩く人間が一人。
「良い大人が昼間からこんなところで管を巻いていて良いのか」
挑発的な一人は、スースさんという小綺麗な青年だ。
「あー。邪魔をする。すぐ帰る」
頭をかきながら気まずそうな一人はポーカさんで、制服をこなれた感じに崩した中年おじさんだ。
二人はペアで、ここを見回りポイントにしているらしく、数日に一回やってくる。
カイくんに抱えられた私は、カウンターに近づいていく。
「こんにちは。ポーカさん。スースさん」
「まだいたのか」
カチッとした制服を着たスースさんが私を見て言う。
私がいないとスースさんはうるさくなるが、私がいてもスースさんは何か言う。
私がラストル雑貨店に行っていて不在だったときなど、スースさんは「あの子をどこにやった。売り飛ばしたのか。言えないことをさせているのか」と店先で騒いだらしい。
「毎度すまんな」
この拠点の実態を知るポーカさんは、知らないスースさんに聞こえないように呟く。
この二人と私の出会いは、拠点の内装が完成してすぐにさかのぼる。
たまたま獣人達と話しながら私が外にいたときに、スースさんに目撃されたのだ。
見ない顔だ、誘拐じゃないか。
スースさんは勢いよく私に近づこうとし、近づけなかった。
カイくんが私を抱え込み、チーター兄弟が前に立ち塞がり、ナップルさんがスースさんのすぐ前に出た。
跳び掛かろうとしたナッジくんは、レイくんが羽交い締めにしてくれて大事には至らなかった。
一悶着あったが、ここが新しい護衛仲介組織の支部であり、軍と治安維持で協力する試験的業務を行っているということまでは理解してもらった。
ただ、スースさんは、私が、獣人達やどこかの狡猾な大人達に利用されていると思い込んでいる。
私が途中で面倒になって、説明を諦めてしまったせいである。
そうして、スースさんは相棒のポーカさんを引き連れて、時々来るようになってしまった。
クローゼット屋の一家は兵士が苦手らしく最初から隠れている。
「悪いことは言わない。こんなところにいたら、ろくな大人にならないぞ。人間は人間のなかで、規則正しく働いて生活するものだ。ピンはねや不労所得で生活し続けることはできないぞ」
大変失礼だが、この人間は、たぶん、根は悪い人ではない。
親切心からの言葉だろう。
私がこの国で使うアカウントは最初に見せている。
稼ぎ方も調べたのだろう。
人材派遣や仲介、金融に対する悪感情は前世のみならず今世でもある。
「何が怖いんだ。助けてやるから、言ってみろ。扱う額が大きくても、どうせ稼ぎは持っていかれて、使えないんだろう。ささやかに暮らせばよいじゃないか」
職業柄、粗雑に振る舞っているが、十分育ちも良い。
ただ、知らないのだ。
自分が経験していないことは「わからない」し、「目に入らない」。
お金で買えないものは確かにある。
しかし、お金があれば失わずに済むものもある。
生命、健康、安全、自尊心。
追い詰められて失ったものは二度と取り戻せない。
「良い奉公先を見繕ってやる。毎日身体を動かして働いて、休みの日には同僚や友達と目一杯遊ぶんだ。そうして毎日くたくたになるまで活動していたら、出会いも増えて、真面目に働く旦那と結婚できるかもしれないぞ」
カイくんと顔を見合せる。
私達がそんな生活を送ったら死んでしまう。
身体の限界と精神の限界、どちらが早いかの世界だ。
この手の話に付き合うと長くなるうえ、実りがないので、私は何も言わないことにしている。
ビジネスに関わらないならば理解を求める必要もない。面倒くさい。
黙って微笑んでかわすに限る。
「君も、こんなことをしていたら、将来どうするんだ。こんなピンはね仕事、いつまでもできないぞ」
矛先がナップルさんに向いた。
ナップルさんが私に目配せした。
「ははは。エリート軍人さんに言われてしまうと、堪えますねぇ。どうすればスースさんみたいになれますかね。いや、僕が言うのはおこがましいとわかっていますよ。ただ、参考までに教えてもらえますか」
「む。殊勝な心がけだな。まずはだな、・・・」
ナップルさんがスースさんをひきつけてくれている間に、カイくんと共に、カウンターに凭れているもう一人の兵士に近づく。
ポーカさんはやれやれ顔だった。
彼は、ナップルさんが紹介してくれた「話のわかる兵士」だ。
「お疲れ様です。今日、ちょうど誰かに連絡を頼もうかと思っていました。国境に、小規模な武装集団が近づいています。野生動物をいくらか飼い慣らしています。二人ほど、そちらの掲示板で見た顔があるらしいのですが、どうしましょうか。残りも、非公式のお触れが回っていますから、叩けば埃がでると思います」
最近この拠点を目指して、知り合いの獣人達が遊びに来てくれる。
その際、道中の様子を教えてくれる。
その情報を、「話の通じる」兵士に提供することもある。
その後の対応は、伝えた兵士による。
ちなみに、私はポーカさんとスースさんの階級を知らない。
ナップルさんがスースさんをいつも「エリート軍人」と呼ぶので、彼に面と向かって兵士と言わないようにだけ、気をつけている。
ポーカさんは、突然饒舌になった私をしばし見つめた。
照れた顔でもすべきだろうか。
「いつも悪いな。今、俺が動かせる人数が片手もいないんだ。そっちで対応してもらえると助かる。いつぐらいになりそうか、わかるか」
私は一つ頷いた。
「合わせます。最短なら、今夜にでも拘束して、明朝お届けできると思います。住民のみなさんに気づかれないようこっそり移動させるなら、明日の深夜から明け方にかけてでも可能です」
武装集団の人数が多かったので、こちらの担当になるだろうと予測していた。
既にギースさんとフルちゃんに先行してもらっている。
ライオン達と、入口の中型獣人達、それからナッジくんとチーター兄弟を派遣すればこと足りるだろう。
夜だから、フローくんにもお願いしようかな。
ポーカさんとの打ち合わせが終わってもスースさんはまだ話していた。
私は厨房に行ってドミーくんにささっとサンドイッチを作ってもらった。
朝焼いたパンにカラシを塗って、昼食で残った照り焼きチキンを挟んでもらった。
三つできたサンドイッチを、ふきんで包んで紙袋に入れる。
ポーカさんに渡すと、喜ばれた。
ようやくナップルさんが解放されたので、二人で丁重にお別れの挨拶をした。
二人の兵士が出ていった後。
みんなが定位置に戻ったところで、ナップルさんが呟いた。
「王国はほどほどに通貨が強いから、危機感がないんでしょう。自分が稼いだ給金の価値が、相対的にどれ程の価値であるのか、考える習慣がないのでしょうね。はっ、まさか、国軍だから、為替のリスクヘッジをすると処罰されるとか。我々が心配しすぎなんでしょうかね」
「通貨の暴落なんて、経験したらトラウマですよ。ただ、人的資本、物的資本、金融資本の全てを、王国のみに任せるのは、私にはできません。怖い怖い」
肩を竦める私の言葉に、ナップルさん、マニュくんとコニュちゃんが頷いた。




