スピンオフ
カリカリ。かり、かり、かり。
オオカミペンで丈夫な専用紙に、草案の、さらに叩き台を、書き付ける。
「私はですね、こう見えて真面目なのですよ。目が届かなくなると不安で仕方がなくなってしまうわけです」
こういうことは勢いが大事と、喋りも忘れない。
とある麗らかな日の午後である。
王国の拠点の三階、会議室然とした広い部屋には、十人はゆったり座れるテーブルを設置した。
ちびっこや小型獣人が落ち着いて座れる椅子もある。
その部屋で、私とカイくんは、アレクサンドルさん、ルーフェスさん、バルドーさん、ナップルさん、マニュくん、コニュちゃんとテーブルを囲んでいる。
一階の営業は、マッチョさんとチーター兄弟、それにカーライルさんが請け負ってくれた。
ナッジくん、レイくんやフローくんも一階上方のスペースで寝ているので万が一の際にも安心だ。
彼らがなぜあんなところでまぶたを閉じることができるのかは、謎である。
「契約相手が大きくなるのも、相手をよく知らないのも、気持ちが悪いわけですよ。私的に、取引の基本が押さえられていないのはキツいのです。アレクサンドルさん達を信頼していないわけではありませんよ。私のポリシーの問題です。そこでですね、スピンオフ、具体的にはアッシュリードさんが後から委託してきた事業部門について、切り離してもらえませんか。新設分割して、株式を現物配当してもらえれば、私の分はしかるべき対価でお譲りしますから」
意図、目的はいろいろあるが、外観だけを整理すると、スピンオフとは、企業の一事業部門や子会社を切り離して独立させる手法だ。
今回のケースで言えば、私とアレクサンドルさん、ルーフェスさん、バルドーさんの四人が等分の株主である株式会社は、最初の予定であった護衛仲介業務のほかに、公式の賞金稼ぎ(非公式の方は非公式なのでこの際外すのだ)とこの建物を使った実証実験というかモデル事業に関わっている。
この三つのうち、前二つの事業を今の法人に残し、最後の事業を新しく作る法人に切り離す。
ナップルさん、マニュくん、コニュちゃんを、なし崩しによくわからないことに関わらせたくない。
スピンオフとなると、一般論的には収益の柱のひとつを失う元の会社の価値は下がる。
株主はそのままでは怒る。
どうするかというと、その分、元の会社の株主には、新しい法人の株式を渡すのだ。
すると、実際の価値はどうあれ、理論上は、引いて、足して、差はゼロになる。
元の会社の株主は、元の会社の株主であるとともに、新しく独立した会社の株主の立場になるのだ。
今回私はそうして受け取った新会社の株式を手放すつもりだ。
「コーさんをないがしろにしたわけではありませんよ。人間相手の話しなので煩わせないようにと考えたのですよ。私の方で人材も含め手配しようと思っていますし」
アレクサンドルさんが砂糖菓子を摘まみながら言う。
「ぜひそうしてください」
賞金稼ぎは本人達の好きにしてもらえば良い。
本音としてはやめてほしいが。
曲者は最後だ。私はその事業の詳細を知らない。
アッシュリードさんが絡んでいるからには彼の主が絡んでいるわけで、獣人達にひどい展開はないと思うが、確証はない。
気の良い獣人達が善意でお手伝いした結果、へんな責任や損な役割を求められたりしたら、私が嫌だ。
叩き台を書き付けたものを正面のアレクサンドルさんに渡す。
ルーフェスさんとバルドーさんの意見を求めると、異論はないと言う。
私はふう、と背もたれに背中を預け、隣のオオカミしっぽを手に取る。
カイくんは優雅に紅茶を味わっている。
食器の類いは、新築祝いとしてラストル雑貨店が贈ってくれた。
その美しいティーセットで紅茶を飲みながら、ルーフェスさんが言う。
「コーさんはナップルさんに似てきましたね」
「えっ、そうですか。なんだか照れますね」
ナップルさんがテレテレと頭に手をやっている。




