憧れまたは象徴の値段
わやわやわや。ワヤ、ワヤ。
がやがや。がやがやがや。
フローくんを案内がてら一帯を歩き回っていた四人が帰ってきた。
「この辺り、確かに怪しげなやつもいるが、ライセンス切れやちょっとばかし融通が効きすぎるくらいの面々だろう」
年齢不詳の銀髪オジサンが扉を開ける間も惜しんで喋っている。
「良くも悪くも王都の端ですね」
黒髪の器用貧乏が、古く見せかけた強化素材の扉を押さえる。
「一応筋は通すようですよ」
アレクサンドルさん一行に向けるバルドーさんの敬意は、未だに健在らしい。
髪を少し伸ばして前髪も作って若返った感じの元ゴワゴワおじさんが「なあ、そんなにおいじゃないか」と後ろのワシミミズクに言う。
「あれだ。外から見るとよくわからないからこわい、ってやつだ。なまじ王都が整いすぎているから余計なんだろう」
カーライルさんの言葉に、フローくんが頷いた。
何かあればすぐ飛んで行ってやる。寡黙な有言実行の人フローくんは、街で宣言したあと、「そのとき」のためにと、今回私達に着いてきてくれた。
王都上空もきちんと許可をとって飛び回り、このあたりは念入りに飛んだらしい。
その後カーライルさんたちと地上を歩き回って、今にいたる。
大した活動量だ。
「会長が得意だぞ、こういう、ひと手間かけると大化けする案件。最初は面倒だが、仕組みを作ってしまえば良いやつだな」
カーライルさんの言葉に、感心したようにルーフェスさんがそうですね、と言った。
子の成長に気付いた親の風情だ。
バルドーさんが面々を見回して言う。
「時間を作って各戸チェックしていきましたが、現役で危ない輩は少ないでしょう。それも、ここをねぐらにしているだけです。何かしでかすとしても、ここではないでしょう」
カーライルさんが、そうだな、と頷いた。
彼らがそう言うなら、提案してみようか。
「ナップルさん。服のメンテナンスの件、四人分と希望者の分、まとめてお願いして価格交渉したらどうですか。私達もいくらか預けましょう。スケールメリットです。経費にしても収支が合うように交渉すればよいのですよ。近くてかつ、毎日行き来するなら、警備や駆け付けサービスでもつけて一部代金を相殺する形にするとか」
私の言葉に、カウンターに座ったマッチョさんが食い付いた。
「なんだ、制服をつくる気になったのか。そんなに頼むなら、この建物内に店を移させてやると良い。あの店は手狭だ」
マッチョさんは、建物オーナーたる私をないがしろにしすぎだ。
しかし、案自体は悪くない。
「受付を一階に、更衣室を二階にしてもよいですね。ただ、マニュくんとコニュちゃんに制服、希望かどうか聞いて、希望だったら、にしてくださいね」
制服を筆頭に、限定品というものは扱いが難しい。
更に、マッチョさんのように、服を適切に選べないし保管できない悩みをお金で解決したい人には都合が良い。が、身を包むものに時間を含めたコストをどれだけかけられるかは個人差が大きい。
ストーリーのある憧れや象徴として歓迎する人がいる。一方、コストを厭う人もいる。
また、かつては機能的で価格相応だったものも、機能の更新を怠れば時代の流れによって陳腐化してしまう。
製造側からすると、注文数の少ない特注パーツの塊は製造コストの塊だ。大量生産のラインに乗せられず、ものによっては全て手作業だったりする。その場合、メンテナンスも大変だ。
あるもので替えておきました、とはいかないので、ちょっとした交換修理にびっくりする価格がついたりする。
企業努力を怠って足元を見ているだけの場合もある。本当にコストがかかる場合もある。見極めは素人目には難しい。
「おーい」
「聞こえるか」
チーター兄弟の声が空間いっぱいに広がった。
音の聞こえ方からして、埋め込み式のスピーカーがぐるりと設置されているようだ。
「ダメですよ、いきなり」
「皆さんびっくりされるでしょう」
マニュくんとコニュちゃんの声も控えめに聞こえる。
「三階にオペレーション室があります。各所の開口部の開閉、外部への各種救援信号やトラップの起動、酸素コントロール等できますよ。伝書鳩のサラブレッドを数十匹もらい受けてくる予定もありますからね。電気的なものが得意ではない方もおみえかと、極力電気を使わない仕掛けにしてあります。停電や電磁波攻撃にも強いはずです」
アッシュリードさんが説明してくれる。
高そう。
顔がひきつってきた。
隙を演出する隙のないアッシャリードさんは続ける。
「ゆくゆくは、この地域の各所に設置する各種装置のコントロールもここで行う構想です。この建物や周辺から少しずつ広げていきます。実証実験ですよ」
関わりたくないしがらみである。
うまく離脱する方法を考えておこう。
「マニュくーん。コニュちゃーん。聞こえるかなー。制服、着たいかなー?」
こちらの声も聞こえるよね。機能を試しがてら、叫んでみる。
「着たい、です」
「制服!」
なんだか弾んだ声が聞こえてきた。
「獣人の動きが阻害されるようなデザインはNGです。やっぱり強い生地で、獣人の仕立てに慣れているあのお店にしましょうかね。道中寄って採寸は終わっていますから、あとは三人の意見を取り入れて。あのお店は新しい生地や仕立てが次々出来ますから、一定期間で更新して。最初はレイくんの着ているライオン達の制服を参考にどうですか。一部を変えるだけなら、特注パーツを減らせて、価格も抑えられます」
強度は妥協できないよ。
なんだかんだ理由をつけてプレゼントしようかな。
考え出した私に、ナップルさんがノリノリじゃないですか、と言う。
「ナップルさんも、そのいろいろ仕込んでいるとまるわかりの服を更新できますよ」
街から変わらないアウターを見ながら、勇気を出して言ってみる。
カロリスさんにしろ、ナップルさんにしろ、万が一そういう趣味ならば指摘するのは野暮かと思っていたのだ。
「え。英雄達の街に行く際の必須装備として王国ではセット売りしているんですよ。かつて一ヶ月街に滞在した商人が、持っていくべきだったと後悔した一式らしいです。これらがないと、街の住民達に舐めてるのかって絡まれるんですよね」
え、この装備不要なんですか。確かに全く使わなかったわけですが。なんとなくいざというとき役に立ちそうと買う人、結構いるのですよ。昔より低価格になりましたし。
キョロキョロするナップルさんである。
嘘でも本当でも、主観的すぎたとしても、真実味のあるストーリーは強い。
企業努力と大量生産ラインのたまものが、すぐそばにあった。
 




