猫とオオカミ
あれ、あれれ。あれ。
ナップルさんがカイくんパパを見て驚いている。
「マイスさん・・・、じゃないですよね。ご家族ですか」
ナップルさんを紹介しようとカイくんの家にやって来た。
カイくんママに応接室へ通されたところで、ナップルさんがカイくんパパを見て意外な発言をした。
「マイスは息子だよ。カイもね。噂のナップルさん、にようやく会えたと思ったらマイスの知り合いだったとは」
「まあ、奇遇ね」
驚いていないように見えるカイくんパパとカイくんママだが、笑顔が深い。
「マイスさんは恩人です。いまの僕があるのも、生きているのも全て、マイスさんのおかげです。ご在宅ですか」
ナップルさんが突然改まってしまった。
「いや、マイスはここ十数年戻って来ていないよ。ナップルさんがマイスと知り合ったのは彼がふらふらし出してからじゃないかな。見たところお若そうだ」
まあ、座ると良いよ。
カイくんパパに言われて、みんなでソファに座る。
ドミーくん越しに見るナップルさんが変わりすぎで、人間になり過ぎている。
みんな居心地が悪そうだ。
「お会いしたのは僕がずっと幼い頃です。マイスさんは、人間と獣人混合の群れで王国にしばらく滞在されていて、その時気にかけていただきました」
「具体的に聞いても良い話かしら。マイスの話はたまにしか聞こえてこないから、知りたいわ」
カイくんママの言葉に、ナップルさんは少しぐあいが悪そうな様子を見せたが、話し出してくれた。
「マイスさんの群れの一人に、ちょっかいを出してしまいました。当時僕は、まあ、ひどい生活をしていまして」
相手に応じて、ちょっとした演技をして善意や好意に付け込んで少額の金品をいただく、寸借詐欺のようなことで食いつないでいました。
年がいくともっとひどいことをしないといけなくなる環境でして。
まあ、それも、そこまで生きていられたら考えることだと、お前はそこまで生きられるかと笑われる、そんな環境です。
あるとき、いかにも育ちの良さそうな同年代の子どもが暇そうにしているのを見つけました。
ユッスーンと名乗った彼は実に無防備でした。
口八丁で仲良くなって、途中で財布とアカウントを落としたことに気づいた振りをしたら、いろいろおごってくれました。遠くまできてしまった、家が遠いと言えば別れ際に交通費までくれました。
明日返す、また明日会おうと約束をして別れて。
当然僕は約束を守る気はなく、翌日は別の場所で網を張っていたわけです。
そうしたら気配もなく、後ろから突然肩に手を置かれましてね。
「こんなところにいたのか。ユッスーンが探してくれと煩いんだ。早く行ってやってくれ」
そう言う、黒い大きなオオカミの獣人がすぐ後ろにいたわけです。
これがマイスさんとの出会いです。
マイスさんの群れは基本好き勝手行動するのですね。
久々の栄えた地域にそれぞれ忙しかったようです。
ほどほどの年の子は放置で、ユッスーンは初めての王国かつ、初めての栄えた地域での自由行動に、どうして良いか分からないのに遊びたかったらしいのです。一応断続的に群れの大人が確認しに来ていて、僕はそこでにおいなんかを覚えられていたわけです。
ユッスーンはちょうど良く僕という遊び相手ができたとマイスさんに自慢して、翌朝には僕が来ないとマイスさんに泣きついたのです。
マイスさんは最初から僕がどういう人間かわかっていました。
それでいて「いま忙しい。しばらく見逃してやる」と言って、僕にユッスーンと群れの子ども達の遊び相手を言い付けたのです。僕の財布とアカウントを取り上げたうえで、ずっしりした財布を渡してきたのです。
そんな獣人相手に勝てるわけも逃げ切れるわけもないでしょう。
僕は最期の時間だと思ってその財布の中身を使って、群れの人間の子ども達三人と数日間思いっきり遊び回りました。子ども達はびっくりするくらい真っすぐで、それでいて物理的に強かった。
財布を取り上げようとする大人から僕を守ってもくれました。
彼らと一緒にいて、世界の見え方が変わりました。
そのうち手が空いた群れの年長者達が時々合流し出して、マイスさんも顔を出して、群れの訓練のようなものにも参加させてもらうようになって。マイスさんや大人達は時々きれいな複数の事務所に僕を連れて行ったりもしました。そうこうしている内に、王国の端まで移動していました。結局九十日くらい一緒にいました。
マイスさんは国境で、僕に財布とアカウントを返してくれました。
「ナップルが子ども達を遊ばせてくれたおかげで、思ったよりことが円滑に進んだ。謝礼を入れておいた。アカウントに付けた金融商品は一覧表にしてある。ナップルの名義で、継続的に配当と利息を生む金融商品を組み合わせてある。元本保証のあるものとないものがあるから、よく確認して、世の中をよく見て、必要に応じて入れ替えると良い。金融機関は分散してある。悪いが、その手間は受け入れてくれ」
そう言って、その地の拠点も好きに使って良いと、鍵を置いて行ってくれました。
「マイスさんは、僕を良くない環境から物理的に切り離してもくれました。狭かった視野も拡げてくれました。マイスさん達と一緒に移動してきていたので、国の端で、僕はとてもまともな人間に見られるようになっていました。タチの悪い縁者や知り合いがいないところで、上前をはねられることもない、新しい生活を始めることができたのです」
以降僕は、幼少期の環境に戻ることのないよう人的環境に注意して、マイスさんにいただいた謝礼を元に勉強しながら、生活できています。
人的資本と金融資産と、身のこなしやものの見方を教えていただいた結果の人的資産があるからこそ、です。
世に言う成功者を、自分と同じ世界の、憧れても良い存在として見ることができるようになったのは、全てマイスさんのおかげです。
締め括ったナップルさんの眼は、カイくんパパをじっと見ている。
「気配が違うのはそういうことか」
ナッジくんが納得顔だ。
獣人達が施す訓練、大変そうだ。ユッスーンさん、体格がよかったしなあ。私はついていけないだろう。
ナップルさんのまわりがすっきりしていた理由も納得だ。獣人達に気軽に接する理由もこれだ。
「でも、今はなんだか別人なのだ」
ドミーくんが不満顔だ。
「気持ちは伝わっているから、いつも通りにしてやってくれないかな」
カイくんパパの言葉にナップルさんが頷く。ピンと伸ばしていた背を自然な感じに緩めた。
「ユッスーンさんは昔から変わらないのね」
カイくんママが言うと、ナップルさんが食いついた。
「ユッスーンをご存知でしたか」
「少し前に中央に遠征してきていたよ。身軽な相棒と一緒に面白い役回りをしていた。今は群れに戻って、海や山を越えた遠くにいるのかな。立派な青年になっていたよ」
カイくんパパが情緒不安定だったミニバルドーさんの様子を面白おかしく語り出す。
ナップルさんはとても嬉しそうに聞いている。




