資金を二倍にするには?
トントン。カリカリカリ。
「コツが掴めたのだ~」
追加なのだ、といってドミーくんがカルメ焼きを持ってきてくれる。その平べったいお菓子を、カイくんが良い形に割ってくれる。
「おいしいです」
「初めての味のはずですが、懐かしく感じます」
「こちらの飲み物も」
「さっぱりしておいしいです」
アイスミントティーを片手に、マニュくん、コニュちゃんがカリカリと欠片を食べつづけている。
ナッジくんもレイくんも無の表情で食べている。
ドミーくんが新しいお菓子づくりをマスターした。
以前フランクさん御用達店に遊びにいったところ、カルメ焼きを教えてもらった。
水とざらめと重曹。
材料はシンプルだが、過程が難しい。
膨らませて、固めるお菓子だ。
私は仕組みを理解できても実行出来ないものとして一回で諦めた。
一方、ドミーくんは頑張っていた。
王国のナップルさんのところでも練習していた。
ナップルさんは膨らまなかった失敗作もコーヒーに入れてがぶ飲みするので、気負わず練習できたのだ。
その甲斐あって、ドミーくんは安定の仕上がりに到達したようだった。
甘いカルメ焼きに、さっぱりしたミントティー。
まだ寒い季節、暖かい室内でのんびりする。
幸せである。
それなのに、チーター兄弟はカルメ焼きの登場にちらりと目を開けたきり、依然庭の木の上だ。
若いチーター二人はミントティーをごくりと飲んで話し出す。
「将来のための資産を作りながら生活していきたいのです。私達はおじ達のような生活は怖くてできません」
「明日の保障がない生活は怖くて怖くて。今日実際のところをうかがって、ますますそう思いました」
「私達にはおじ達のような力はありませんし」
「丈夫さも、普通の人間より少しある位です。普通に病気も怪我もします」
「それでもこの種族、この見た目ですから、おじ達のような働きを期待されます」
「中央に行くと、皆さんおじ達を思い出すようで、月の給料が決まっている事務系の仕事は門前払いです」
「嘆いても始まらないので、旅をしながら私達を受け入れてくれる場所と仕事を探すつもりです」
ふむ。
この二人なら、仕事は、心当たりがなくもないぞ。
私の頭の中で、ミーハーな猫がせかせか動いている。
最近私のなかのナップルさん像は、猫とハムスターを行ったり来たりしている。
チーターのなかでも生き方はいろいろらしい。
二人は自分たちのこれからを、人間の勤め人をモデルに思い描いて来たという。
しかしながら、おじさん達が中央に植え付けたチーター獣人の印象が強すぎて、二人は難儀しているらしい。
噂の黒カラカルと人間が実在して、噂がある程度本当だったと知ったマニュくんとコニュちゃんは、最近の不安を打ち明けてくれた。
「ライフスタイルとライフプランはそれぞれだから、私達のやり方は参考にならないかな」
配当や利息の定期収入はある程度見通せるが、必要に応じて元本元金もろもろ自体を売却することもある私である。
生活費がほとんどかからないこの街にいるからこそ思い切った判断もできる。
そもそも私がそういう性分であるし、人間とのコミュニケーションが苦になってしまってもいるので勤め人はもう無理という前提条件がある。
決まった条件で雇われて、キチンキチンと収入があって、その中から決まった部分を将来のために運用して、キチンキチンと結果を出したい。
そういう環境で育って、自然とそういう思いになっている二人には、私達のようなハイリスク運用は精神的負担を生むだろう。
きちんとした生活を脅かすようなリスクの取り方は教えられない。
収入の組み立て方も資産運用のやり方も、向き不向きがある。
「いま僕達は就職活動中です。アルバイトでこれだけ就職活動費用を貯めて来ました。もしこれを半分使わずにすんだなら、その内の三分の一くらいはいざというときのために残して置きたいですが、三分の一は少しリスクを取っても良いと考えています」
「この国のお金は他国のお金に比べて弱いですし、物価変動もあります。そのまま現金で持ち続けることへの不安もあります」
机の上に、この国の紙幣がおかれる。
コニュちゃんが六十枚あります、という。
「頑張ったんだね」
素直に感心した。
人間のようにすべてを購入して生活するなら二ヶ月程度、獣人のように自然を活用して生活すれば人によっては六ヶ月以上、標準的な家族を養える額だ。
「独り立ちのときはわかっていましたから」
「就職活動中に資金不足になってしまってはいけません」
焦って選択を間違いないよう、貯めてきました。
そう言う二人の発想は、チーター兄弟と真逆だ。
兄弟が逃げるわけである。
「じゃあ、十枚は生活費で、多少リスクをとって良いと考えるのはこの十枚だね。例えばこれを十年で二倍、二十枚にしたいと思うでしょ。その場合、複利だと大体利回り7.2%で運用することになって、単利なら10%になるよ。複利というのは、元金が生んだ利息や配当金なんかをそのまま元金に加えて行く仕組みだね。今回でいえば、一年後に増えた分を使わずに、元金に加えて再度7.2%で運用する。逆に、単利というのは増えた分を元金に加えないで、ずっと元金十枚のまま運用し続ける仕組みだね」
「どちらにしろ高い利回りですね」
「まわりでは見ません」
「そうだよね」
多分二人の育ってきた環境にはない条件だろう。
リターンもさることながら、それに伴うリスクもだ。
二人が、取れるリスク相応に落ち着いた希望の持ち主でよかった。
「二十年ならどうなりますか」
「複利だと約3.6%、単利だと5%だね」
「コーさん、いまどうやって答えましたか」
「複利だと計算が大変ですよね」
「一瞬でした」
「すごい」
え、照れる。
若いチーターの大きな目がきらきらしている。
「72の法則というものがあってね。複利計算なら、72を年数で割った答えが二倍にするために必要な大体の利率になるんだよ。または72を、提示された利率で割ると、二倍にするために必要な大体の年数がでてくるね。単利なら、72ではなく、100を割ると出てくるよ」
先人の知恵なので、偉そうにいうのも恥ずかしい。
正確な計算をしようとすれば細かくなるが、大体で考えればよいのだ。
利回りの実感が掴めると、少し冷静になれたりする。
「さっきの話、十年で二倍にしたいから、72÷10=7.2。二十年なら72÷20=3.6。簡単でしょ。元手がいくらであっても、この計算をしてみると、条件が少しリアルに考えられるんじゃないかな」
無理に高い利回りを追わなくても、目指すものから考えてもよいんじゃないかな。
働きながらだったら運用する元金も追加していくつもりでしょ。
私の話に頷いて、三十年なら、と考え出す二人。
チーター兄弟が心配していたが、若い二人は四則演算は難なくできる。
おじさん達はカタナシである。




