身の回りをきれいに
キュ、キキキ、キキキキ。
ハイタカの甲高い呼び声がする。
「はい、はーい」
私は家の机から立ち上がり、扉に近付く。
「待て待て。まずは俺が外を確認してからだ」
黒いカラカルがぴょいぴょいと奥から跳び出てきて私の行く手を遮る。
「大丈夫、大丈夫。ここは街だよ」
徐々にコシを備えつつある毛並みを服越しに押しながら、扉を開ける。
「英雄達の街コーさん宛て、中央のアレクサンドル・クーさんからです」
ハイタカ獣人のお兄さんが厚さのある封書と受取票を差し出している。
顔を出して威嚇しようとするカラカルを身体でブロックして、受取票に拇印を押す。
封書をもらう。
「ありがとうございます。帰りに、よければ召し上がってください」
庭で採れた金柑を包んだものをハイタカのお兄さんに渡す。
「いつもすみません。ありがたくいただきます」
「こちらこそ遠いところをありがとうございます。お気を付けて」
ハイタカは比較的小型であるが、速くて小回りがきく。
攻撃力も強い。遠隔地や治安の悪い地域に大事なものを届けたい時に重宝されるのがハイタカの宅配便だ。そのハイタカにとっても、砂漠地帯や野生動物飛び交う地を縦断する我が街へのルートは厳しい。
途中のおやつで英気を養って、頑張って欲しい。
ハイタカの宅配便が去るのを見上げていると周りをふわふわしていた房毛がくるりんと動いた。
「何をやったんだよ。本当に必要なのか。それからコー。危ないぞ。一度俺が確認する」
めげないナッジくんが手を伸ばすので、はいはいと封書を渡す。
「ナッジくん、カイくんより過保護なのだ~」
庭でハーブを収穫していたドミーくんが笑っている。
カイくんとドミーくんはすんなりとナッジくんを受け入れた。
むしろナッジくんがなんだここ、なんだこれと混乱していた。
特に、私達の群れの弱さには大混乱だった。
こんなんでどうやって生き抜くんだ、コーは不死身か、と訳の分からないことまで言い出した。
さらに、ナッジくんには群れというものに強い憧れと、憧れ故のこだわりがあったようだ。
リーダーによるブラッシングや、不足なくもらえる飲食物に、激しく感動したらしい。
物心がついたときから遠目に眺めるだけだったそれらが当然のように初日から差し出されて、感情がぐちゃぐちゃになってしまったらしい。
百面相したり、街中を跳び回ったり、レイくんを振り回したりした翌朝から、幼児退行したように私に付き纏うようになった。反面、過剰に私を心配するのだ。
今日のように、街の家にいる時はカイくんですら安心して別行動するのに、ナッジくんはそれもない。
まあ、そのうち慣れるだろうと楽観して好きにさせている私である。
ちなみに、慣れるのはナッジくんか私かどっちだと、街のみんなの予想は半々らしい。
「怪しい模様がいっぱいだ。なにかの仕掛けかもしれない。これは燃やして捨てよう」
ナッジくんが封書を開け、便箋を次々めくりながら言う。
「こらこら。これは文字。文章。情報。ハイタカ便も、調査費用も、結構かかるんだから」
ナッジくんの手から手紙を取り返す。
「ドミーくん、フレッシュハーブティーでおやつにしよう。寝かせてある生地でクッキーを焼こう」
「僕がやるのだ~」
三人で家に入る。
おやつの準備をドミーくんに任せて、机でアレクサンドルさんからの手紙を読む。
封書の中身の半分以上は調査書だ。
「んー。ナッジくん、やらかしてるね。でも、致命的なのはないかな。これなら、一回でまわれるかな」
アレクサンドルさんに依頼して、取り寄せたのはナッジくんの調査書である。
彼を受け入れた以上、群れのリーダーとして、手土産をもって挨拶にいかなければならない先を特定したかったのだ。手土産次第で何とかなりそうな対人間案件と対獣人案件が大半だが、いくつかアレクサンドルさんが直接会って相談しましょうと注意書きしている先がある。
救いは、いずれもナッジくんは自分から仕掛けることはなかったらしいことである。
「やられたら徹底的にやり返さないと生きてけなかったからな。でも、俺から仕掛けたことはないぞ」
と、こういうことなのである。
初対面の時を思えば、信じられない。
しかし本当のようだ。




