蛇の道とファクタリング
シャカ、シャカ、カシャ。
ジャケットを脱いだジレ姿のルーフェスさんがシェイカーをふっている。
ルーフェスさんが、面目を施したいと食後のドリンク作りを申し出た。
フランクさんはスタッフを呼んで、シェイカーやコーヒー、各種果物・ハーブ、氷を載せたワゴンを部屋に入れた。
ルーフェスさんはバーマンを目指したことがあるらしい。
デリケートな味覚がわからなかったために残念ながら早々に断念したそうだ。
飲めない、飲める、美味しい、とても美味しい。これ以上の感覚が湧かないので師匠が落ち込む前にドロップアウトしたらしい。
私としてはとてもよくわかる感覚である。
肉体修練のおかげか、後にシェイクだけは繊細にも大胆にも上手く出来るようになった。
そこでひと手間掛けたドリンクを身内にだけ振る舞うようになったらしい。
ハーブやフルーツで香り付けしたシャーベット状のアイスコーヒーや、好みのドリンクにゼリーやフルーツを上手く合わせたものを作ってくれている。
本当にただの素敵なお兄さんである。
黒い指なし手袋をして無意味なポーズでもとれば良いのに。
「掛売りしている商人達に強いつながりはあるんですか」
私の問いに、アレクサンドルさんが首を傾げる。
「ないと思いますよ。あまりよい商売をしていない、よい評判があまりないという共通点はありますので、蛇の道はへびというつながりはあるかもしれませんが」
この場合はへびの皆さんに失礼ですね、とひとりごつ。
「資金繰りも余裕がないのでしょうか。コロンくんの街に出張ったのも最初の商人のアドバイスがあったからですか」
「あの街には取っ掛かりがありますよ、融資もしましょうと指南しているようですね。一回だけの商いだと。顧問料と利息を払ってどれくらい儲かるというんでしょうねえ。良いカモです」
ああこれもカモの皆さんに失礼ですね。
いや、共和国のことを言えませんね。人間とばかり付き合っていると無意識に反感を買うことになりそうです。
アレクサンドルさんはこちらが素なのだろうか。
独り言なのか相づちを求めているのか判断に困る。
他の面々が思い思いにドリンクを楽しんでいるので、放っていても良いのだろう。
「仲間意識や忠誠心的なものはないんですね」
「ないでしょう」
それなら話は簡単だ。
「アレクサンドルさん、ファクタリングやりませんか。最初の資金は私が出します。実働部隊を貸していただければお手も煩わせませんし、損はさせません。万が一損が出たら補填します」
私が直接やりたいところだが、この見た目はさすがに怪しまれる。
ファクタリングとは、売掛債権の売買取引だ。
細かくは種類があるが、今回適した形態は買取型の3者間ファクタリングだ。
商人が持つ小型獣人達に対する売掛債権を、アレクサンドルさんが期日前に買い取る。この時の買取金額は、額面どおりではない。
すぐに現金化出来ない債権であり、本来商人が負っていた支払いまでのリスク(不確実性)をアレクサンドルさんが引き受けることとなるため、その分を割り引いた額を商人に支払うのだ。
この譲渡は支払い義務のある小型獣人に知らされ、小型獣人は期日に満額をアレクサンドルさんに支払えばよい。
商人は資金を期日前に手にできるのが最大のメリットで、額面どおりの金額を手に出来ないのがデメリットだ。
「この仕組みに乗るつもりですか」
アレクサンドルさんが意外そうに言う。
「レートを逆転させます。借入利息より、ファクタリング手数料を下げます」
資金調達手段としてのファクタリングは、通常、一般的な金融機関借入に比べて利用コストが高い。
理由がないかぎり、ファクタリングで調達したお金で調達コストの低い借入を返済したりしない。
ファクタリング自体がそもそも、金融機関借入が容易ではない状況で、自分の信用力(返済能力)ではなく売掛先の信用力(支払能力)をもって資金調達する選択肢だ。
まあ、金融機関融資審査の時間を厭うケースもなくはないが。
今回私は、私のご同類である商人の、コロンくんの街をターゲットにした稼ぎを潰したい。
フランクさんとアレクサンドルさんの反応を見るかぎり、この世界的にも褒められた儲け方ではないだろう。
私の目的は儲けではなく、獣人をカモにした商売を潰すことなので、ファクタリング手数料は下げ放題だ。
推測するに、ご同類商人はそれなりの利息をとっているはずだ。計算する余裕があるなら、借主の商人達は借入金の返済を優先するだろう。
今回の商人達の利益は、売上から商品・サービスの仕入または製造原価を引いて、かかった諸経費を引いて、顧問料も引いて、借入金の利息を引いたものだ。
支払う利息は少ないほど、利益は大きくなる。
私としては、ご同類の商売を打ち止めにするための短期プロジェクトなので、ちょっとした噂も流したい。
失礼ながらアレクサンドルさんのネームバリューはいかほどだろうかと考える。
このプロジェクトは、商売としては手間が多い割に儲からない。
裏があると容易に勘繰られるだろう。
有力商人の気に障った、関わらないほうが良いぞ、という解釈に誘導したいのだ。
アレクサンドルさんは受けてくれるだろうか。




