器用貧乏
まあまあ。さあさあ、さささ。
どうぞどうぞ。
ようやくものが口にできそうだと起き出した王国人達に、風味付けも抜群なクレープシュゼットを見せてテーブルに誘導する。
一瞬ためらうが、クレームはない。
私達のテーブル横で出来上がっていく品々を、獣人でなければ会話が聞こえない程度に離れたテーブルに運び、人間達を座らせる。
普段は食べたくても頼めないだろうフルーツとカラメルの一皿を眺めるおじさま達の表情はまずまずだ。
クレープの方にアイスクリームをのせるとさすがに寒さを思い出すので、ルーフェスさんへの飲み物のオーダーはアインシュペナーにしておいた。
コーヒーカップが危なそうだったのでキャンプ用の丈夫なものにしてほしかったのだ。
ウィンナコーヒーとは言えないかと、素人なりに考えてルーフェスさんに区別して伝えたわけだが、味音痴な黒髪は「ホイップクリームですね」と正解を教えてくれなかった。
多分自動翻訳は仕事をしたが、ルーフェスさんが気を遣ってくれたのだろう。
ルーフェスさんは、コーヒーと同量どころかクリームとコーヒー二対一くらいにした代物をアレクサンドルさんの前に置いた。それを遠目に見た王国人達は安心したように目の前のノーマルバージョンに手を付け出した。
ルーフェスさんにしては珍しい、ナイスジャッジだ。
テーブルの周りには屋外用薪ストーブが複数設置されており、小型獣人達が管理している。
王国人達は甘いものにくわえて炎の揺らぎにも癒されている。
しばらくのんびりすることだろう。
カーライルさんは無言でドリンクをライオンボーイに押しやっている。
心得たようにルーフェスさんが料理ワゴンの下から、王国人達から見えないよう体で隠してワインボトルを取りだした。スパイスの瓶も取り出していくところからして、グリューワインを作るようだ。
ドミーくんは、なんちゃってバーマンの手元をじっと見ている。
私は声をひそめて向かいに座る商人と護衛に聞いた。
「アレクサンドルさん。ルーフェスさんはどうしたのですか。ちょっとだけ、気が利くようになったというか、焦っているというか」
「焦っている」
クリームをスプーンですくっていたカイくんが言う。
アレクサンドルさんもそうだが、ルーフェスさんについても、私は最近ブレを受信するようになった。
アレクサンドルさんと反対で、ルーフェスさんは平常がプラスに傾いた人だ。
その傾きが、マイナス側に傾いているときが何となくわかるようになった。
「嬢ちゃん、ますます人間を捨ててきたな」
カーライルさんが失礼なことを言う。
「まさにそれですよ。コーさんの周りは感覚的にあうんの呼吸で動くでしょう。ナップルさんもそのタイプです。私やカーライルももうそれに近い。ああ見えてルーフェスは根が真面目な王国人ですからね。王立学校出身者によく見られる器用貧乏な努力家タイプです。また自信喪失中なんでしょう」
へええ。成育環境が違うからそれは仕方ないんじゃないかな。
それに、ルーフェスさんくらいになればもうそのままで良いんじゃないかな。
アレクサンドルさんも顔に表れた私の思いに気付いて頷いた。
「またしても嬢ちゃんの役に立たなかったしなぁ。せっかく妹か娘のような気持ちで家名を分けたのに、ってしょげたんだ」
「え。面倒な」
カーライルさんのにやにや顔に、本音が出た。
「今回の王国行きだって、ルーフェスが着いて行くべきだと言い出したんだぞ」
「私はどちらにしろ同行するつもりでしたがね」
「アレクサンドルさん暇ですよね」
旅の計画時、私は忙しいかなと気を遣って伝えなかった。
ところが、出発時には自然に待ち合わせすることになっていたのだ。
「コーさんは獣人が絡まない商売は目に入らないでしょう。コーさんの進んだ後には、人間相手の美味しい話がこぼれ落ちているんですよ。私は粛々とそれを拾い集める役割です」
十分に元は取れますので、人間のお兄ちゃんが欲しいときはルーフェスに声をかけてやってください。
私もルーフェスの後ろから大きな袋を持って着いていきます。
言いながら、アレクサンドルさんはホイップクリームのコーヒー掛けを口に運んでいる。




