しゃべくり猫
ぬくぬく。ぬく、ぬくぬく。
食後に素敵風呂敷に包まれば、昼寝をするのみである。
お気に入りになったカウンターの端、スツールに座って脇の壁との90度に身体を預けている。
膝を抱えて小さくなって首で留めた風呂敷の中に収まれば怪しげな荷物の完成だ。
「ちょっとコーさん。やめてくださいよ。誘拐された子どもみたいですよ」
ナップルさんがちょこまかと動き回りながら声をかけて来る。
「ナップルさん。この辺りには慣れましたか」
うとうとしながら相手をする。
「僕は育ちがよくありませんからね。もっと酷いところで、ひいひい言いながら育ってます。お上品な共和国人のところよりはよっぽど落ち着きますよ。あそこに出入りしていれば何か掴めるかと思ってたんですが、ダメでしたね」
そうなのだ。身辺調査によるとこの人は明るい苦労人なのだ。
危機察知能力があって、最低限自分の身は守る能力もあって、清濁併せのむ覚悟もある。
近い親族はほとんど存命しておらず、友人との付き合いも適度な距離感を保っている。
とても素敵な人材なのだ。
「コーとの縁を掴んだじゃないか。安全で、収入の保障があって、副支部長の地位まである。その若さで大出世だ。何が不満だ、ん?」
バルドーさんが入って来た。
「げ」
ナップルさんはバルドーさんがすっかり苦手になったようだ。
「支部長はあの通り単純だし、実質君の天下だ。そうそうないにしても、リゾートの顧客に呼ばれれば御用聞きも君だ、良い縁ができるぞ」
ああ、そうだ。
リゾートの顧客は原則ラストル雑貨店を通すんだぞ。
行けと言われたときだけ御用聞きに行くんだ。
営業はしなくて良いからな。クチコミオンリーだ。ここは絶対に知られるなよ。
好奇心旺盛な方々が近付いたら面倒なことになるからな。
万が一こちらから連絡とるときも、手紙はラストル専属のカリグラファーアーティストに任せるんだぞ。
組織のロゴ入りのレターセットだけは忘れず取り寄せて預けておけよ。
支部長には人間の護衛達の世話だけをさせておくんだ。
通常の護衛依頼と獣人には自分で対応するんだぞ。
難しいと思ったら、ラストル雑貨店かヴァイルチェン家に行けば良いからな。
くどくどくどくど。
「分かりましたから。もう何度目ですか」
ナップルさんはうんざり顔である。
バルドーさんは自分の半分以下の歳のナップルさんを心配している。
家族二人が学校に行ってしまって暇らしく、日中はここに居場所を定めたらしい。
年頃の息子と話したい母親みたいに構っている。
リュートくんとヒューイくんには心配される側だから、心配してみたいのかも知れない
構いすぎてそっぽを向く猫の如く、ナップルさんの態度がどんどん素っ気なくなっていく。
最初はもうちょっと取り繕っていたのにな。
「副支部長と言ったって、主な仕事は自由人達の形を整えることですよね」
あ~あ。
ナップルさんは嘆息する。
「稼いでですよ、人生経験イロイロ積んでですよ、王立学校に入っちゃったりして、あわよくばいいところのお友達に頼られちゃったりして、あのウルススさんみたいな生活を夢見てたわけですよ。あそこまででなくても、今の時代に生まれたからには覗いてみたい世界があるじゃないですか」
どんどん遠ざかって行く気がするんですよね。
やたらとその万が一の話をしてモチベーションあげなくても頑張りますよ。
ええ、ええ。僕はこういうことをして過ごすのが合ってるんです。
しゃべくりながらナップルさんは散らかったゴミを集めている。
誰だ。ただの枝や大きな石を持ち込んだのは。
「あれ、ウルススさんに憧れているんですか。会います?」
そろそろ私の重体設定も終わるので、郊外の森に行けるはずだ。
「王立学校の現役生も卒業生もそのうち会えるぞ。なんだったら今夜一緒に飯を食うか」
私とバルドーさんが言うと、ナップルさんは動きを止めた。
「ルーフェスさんには何度も会ってますよね。あの人、卒業生ですし、ラストルの坊ですよ」
私の言葉で口が半開きになった。目がまんまるだ。ますます猫っぽい。
「なんでですか。意外に身近にいるぞってあれですか。そういう人たちってお屋敷の奥で座って動かないんじゃないんですか。もしかして、ラストル雑貨店かヴァイルチェン家って本気の話ですか。ほんとに僕そんなところに行くんですか」
え、え、え。
横歩き、しそうでしないな。斜めに掃除をしだした。惜しい。
バルドーさんの話を冗談とでも思っていたのだろうか。
だからうんざりしていたのか。
初対面がバルドーさん迫真の演技中だったらしいから、そういう人と思っていたのかな。
「条件、説明しましたよね。いかなる場所でいかなる相手といかなる話をしようと関係者以外には口外禁止。そういう意味ですよ」
「そっちの意味とは思いませんよね! 初対面にしても、勧誘にしても、この場所にしても、出入りする人にしても! てっきり僕は口外すると朝日が拝めない系かと思ってましたよ」
「ああ、そうかも知れませんね。共和国には嫌われていますから気をつけてください。ここはよそ者が浮かび上がるので良いですが」
「なんなんですか。どこまでが本当なんですか。僕は早まったんですか。それともホントに掴んじゃったんですか。女神の前髪ですか。ひょっとしてあのやたらと貫禄のある商人達はそういう人達ですか。改名している商人って、僕みたいなのには出自がわからないんですよ」
「おーい。ナップル、そこに置いといた爪研ぎ持ってきてくれ」
「こっちも頼む」
「俺もー」
奥からチーター兄弟とレイくんの声がする。
「爪研ぎってどれですか。石ですか、板ですか、枝ですか。もう、用途を書いといてくださいよ。捨てますよ」
現実逃避気味にごみ袋をごそごそしだした青年を見ながらバルドーさんが私に言う。
「コーが珍しく人間を気にしたと思ったらこういうことか」
ぬくぬくした素敵風呂敷につけていた顔をあげると、妙に納得顔の強面がいた。
「マッチョさんもナップルさんも面白いでしょう。街に何かの種族でいそうですよね。第六感が働くんですよ、この人合う人だって」
「名前や顔は覚えないけどな」
「そろそろ帰るぞ」
うとうとしていたらカイくんの声がした。
素敵風呂敷に包まった私はそのまま抱えられてフードを被せられた。
カイくんは今日もふかふかで暖かい。
カイくんは朝私をここに設置して、日中ラストル雑貨店でお手伝いをしている。
夕方のスケジュールを調整してよき頃に私を回収しに来てくれる。
ドミーくんにはラストル雑貨店やヴァイルチェン家はちょっと息苦しい。
ここで寝泊まりするドミーくんのために、私は日中ここにいるのだ。
「念のために聞きますが、どちらに帰るんですか」
ナップルさんの声がする。
「今日はヴァイルチェン家だ。当主が孫息子と甥の様子を聞きたがっている。このエリアを出たところに、馬車が待っている」
カイくんの言葉に、ひええ、という声が返ってきた。
ホントに面白い奴だな、とチーター兄弟が声を合わせている。
みんなの笑い声が響いている。




