フランクさんと掛取引
ルルー、ラー、ルルラー。
フロアの歌声が吹き抜けを上がって来る。
ガビチョウと人間のハーモニーだ。ガビチョウは獣人ではない。前世サイズの小鳥で、女性の肩に留まって女性と一緒に声を響かせている。息がピッタリだ。
「コロンくんの街はどうですか。外から来る人間は水をどうしていますか」
もっきゅもっきゅかわいいコロンくんに聞いてみる。
「中央から近いところですから、運んで来る人が多いと感じます。人間の店でも買っているようですが」
ただそんなに水自体は中央と変わらないと思います。大元の水源が一緒ですから。
コロンくんは悔しそうだ。
「ちょっと人間の商人とギスギスしてしまっているんです。多少の価値観の違いはうまくやり過ごして来たんですが、目端の利く商人が出て来て荒稼ぎしまして。このところ互いに疑心暗鬼です」
「詳しくうかがっても?」
「私だと客観性に欠けるので、お願いできますか」
コロンくんがアレクサンドルさんにつないだ。
「そうですねぇ。はっきり説明できるイベントとしては、掛売・掛買を、人間と獣人の間で推し進めた人間が現れたんです」
「商人間ではなく対消費者で、ですか」
掛とは、古くからある信用取引だ。
売買の際に即金ではなく、いついつにいくら、といった条件でものやサービスをやり取りする。
ものやサービスを提供した側に生じる代金を受け取る権利が売掛(金)債権で、提供された側に生じる代金を支払う義務が買掛(金)債務だ。
前世世界のコミカルな時代劇で、商人が武士に掛売して、年末に武士がヒイヒイ言いながらお金を集めて払う、そうしてまた喉元過ぎればで武士は掛買する、あのイメージだ。
あるいは勧善懲悪系時代劇で、町民に多額の掛買をさせた商人がおっかない人達と組んで「代金のかわりに〇〇をいただくぜ」となるイメージか。正直、掛と借入が混乱していることもあるが。支払い義務のある債務であることには違いはない。対象がものやサービスなのかお金なのかの違いだ。
掛売する側はリスクをとっている。
ものやサービスを提供したけれど、期日まで支払いを待つ訳で、売り先が逃げたり、資金がなくなっていたり、死亡してしまったりもする。
回収の手間がかかる可能性が発生するし、仕入に使ったお金は当然決済を待つ間は次の商売に回せない。
掛売は、基本的にはこのリスクが価格に上乗せされる。かつ、基本的には回収できる先、いわゆる信用力のある先と行うものだ。
前世では、限られた相手にリスクに応じた価格で売る掛売から、某大手有名百貨店の前身が誰にでも同一価格即金決済で売るようになったことを、歴史的出来事として学んだものだ。
誰でもお金を貯めて一生に一度の大きな買い物、ができるようになったのだ。
「掛にする必要はあったのですか」
継続的に取引をする商人間だったら分かるが、この世界で対消費者に掛を推進する理由はあるのだろうか。
定住もしない人間の商人が、手間とリスクを取る理由が分からない。
「期間をギリギリ長くとってその分高く売るんです。本来ならすぐ払う相手にね。日にちをずらしていろいろと売って金額を膨らませて、町を出る直前に人数を揃えて有り金を根こそぎ持って行ったり、価値あるものを要求したりするんです」
普段少額の現金決済ばかりの相手に、わざわざそんな取引を持ち掛けるとは悪意しか感じない。
「例えば、体調を崩した子のところに、甘い水や薬を持って行って、支払いは後で良いよ、サインとアカウント確認だけお願いね、とやるでしょう。一回二回は多少高かったかな、でも便利だったかな、で終わるんです。ところがこれで終わらないんです。違う商人や店がうちも掛けにしましょう、と言うんですね。いや払います、と返すと、では今〇〇が足りなくて困っているんですと言う。採ってきてくれたら買います、その代金と相殺はどうですと持ちかける。しかるべきときに相殺することにすれば便利でしょうと」
「気付いたときには異常な量の採集や狩猟で、街の狩り場を荒らしてしまう。お金も自然の恵みも差し出してしまっているから、掛売りしてくれる相手に依存せざるを得なくなる」
アレクサンドルさんは視線を天井にむけて、そらんじる。
「中央が近いので、比較的金銭取引は馴染んでいますし、人の行き来もあります。すべての商人がそんなことをするわけではないんです。気の知れた相手もいます。でも、静かに街を蝕んでいたんです。決済を共和国通貨にして手数料を抜くパターンもあります。そもそも為替でも弱いですからやりたい放題ですよ。中央に出ていた私が気付いた時には、窮屈な空気になっていました」
コロンくんが締めくくった。
「その人達はグループなんですか。先ほど荒稼ぎした人がいて他が追随したようなお話でしたが」
「最初に仕掛けた役者は、他の商人にやり方を教え、つなぎ資金を融資して、今は優雅にやっているよ。役者だよ。うまく相手に合わせて演じる」
フランクさんがちょっと嫌そうに言った。
「お知り合いですか」
「なぜか向こうからやって来たんだ。獣人の生活に詳しいなら一緒にやりませんか、とね。久々に気分が悪くなったよ。なぜ仲間のように言われなければならないんだ。ああ、コーお嬢さんに言っているのではないよ。ああいうことをするから、金融のイメージが悪くなると思ってね」
よければどうぞ、とデザートプレートを私に向ける。
お行儀が悪くないかと見回すが、みんながどうぞと身振りをする。
私は積極的に食べないだけで、食べようと思えば食べられる体の持ち主である。
二皿目いただきます。
「うちの街では聞かないな」
顔をしかめてカイくんパパが言う。
「英雄達の街にそうそうちょっかいを出せないよ。遠いしね。せいぜい紙幣と硬貨の差額を稼ぐくらいだろう。そもそもあの街には、稼ぎに行くと言うよりハクをつけに行く者がほとんどだよ」
ちらりとルーフェスさんに視線をやるところは芸が細かい。
考え込むにはエネルギーが必要だ。六種類の果実を様々に加工して一口サイズにしてある繊細なプレートは、実に美味で、小技も効いている。二周目になると最初はわからなかったものが見えてくる。
「ここのパティシエ、私のご同類ですね」
「よくわかったね。やはりその細工かね」
「ええ。そして、その最初の役者もご同類ですね」
「驚いた。ヒントがあったかい」
「勘、ですかね。フランクさんと一緒で、とても気分が悪くなりました」
前世の環境を思い出す。覚悟も見通しも計画もなしに金融に手を出した大人たちを思い出す。
彼らをカモにした業界人を思い出す。
手法は全く似ていないが。不細工過ぎる。
この世界で獣人達をカモにするなら、私が相手になる。
招き子猫が毛を逆立ててフーフー言っている。




