フランチャイズと仲介組織
ガァッッ、ガルルルッ!
カイくんが吠えた。
護衛仲介組織の建物にいた数人の制服職員と護衛職らしき人間が一斉にこちらを見た。
左腕に座っていた私に向かい、無遠慮に伸びてきていた手を、カイくんが左肩をひねって防ぐ。
「撃ち方!」
甲高い男性の叫び声に応じてカウンター後方にいた二人が鈍い光を放つ小型拳銃を構えた。
私は羽織っていた素敵風呂敷をばさりと翻してカイくんに掛けつつ、風呂敷越しに身体を弾道上に移した。
あ、ちょっとずれたかも。
ビビーーー!!
素敵風呂敷に仕込んでいた警報が大音量で鳴り響く。
私達の周りにいた護衛職とおぼしき人間達が飛び退る。
そのうちの一人が、目を見開いた。
あ、角度的に見えたかな。若い。明るい茶髪。覚えていられるかな。
奥歯で薬を噛み砕く。
バルドーさんとマッチョさんが建物に駆け込んで来た。
二発までは背中に着弾を感じた。
薬が効いて、あとの衝撃はわからなかった。
「どうするよ。嬢ちゃん今度はなに考えてるんだ」
カーライルさんの声がする。
「どう対応すれば良いか教えておいてくれれば良いんですがねぇ」
アレクサンドルさん達、着いたんだ。
「カイさんが一緒でもこんなことはやるんだもんなぁ。この人達の安全と危険の定義はどうなっているんでしょうね」
ルーフェスさんが嘆いている。
「起きた」
相変わらずカイくんは私に準備の時間をくれない。
パチリと目を開ける。
「お疲れ様です。カイくん大丈夫だった?」
痛い。声を出したら背中に響いた。
私はベッドに寝かされているらしい。
起き上がると絶対背中にクる。
でも寝ながら会話は嫌だ。
フランクさん邸の応接室くらい。初めて見る部屋には、カイくん、アレクサンドルさん一行とバルドーさんがいた。
白くて太いウルフアームが伸びて来て、私の首と膝を掬った。
これはこれで響いたが、私はそのままカイくんに抱きついた。
顔や首、シャツ越しの身体を手探りする。
毛並みに乱れはないし、ごわっとした素材に欠けはない。
「カイくん、傷はない? 痛くない?」
「あのレベル、避けても当たっても大した変わりはない。シャツが少し痛むかどうかだ」
「それより暑い」
カイくんはそう言って顔をしかめた。
セラミックプレートも真っ青なこの世界最高硬度を持つ特殊素材は、通気性が悪い。肌触り改善と衝撃吸収のため、中にもう二枚着せてしまったので尚更だ。
「ジュースでも飲むか」
バルドーさんが近寄って来た。
首を横に振ろうとして、不快感に断念する。
「苦味というか、えぐみがあって、ジュースとの相性はきっと最悪です。コーヒーありますか。砂糖とミルクを大量に入れて飲みたいです」
ルーフェスさんが、書類の山を寄せて作られたと思わしきスペースからポットを取り上げた。
超即効性の「意識を失わせるお薬」。その目的達成度は高かった。が、他は無配慮な代物だった。なんともいえないぐつぐつとした不快感が頭や首に残っている。
アレクサンドルさん一行の説明を求める視線を感じながら甘いミルクコーヒーを飲み干す。
ふう。
「この旅の一番の目的は、マッチョさんの就任祝いでした。単発の売上と継続的な売上をプレゼントしようというものです」
今回のバルドーさんとの契約の仲介料が単発の売上だ。額は大したことはないが固定客アピールである。
そして、これから発生するプチリゾート・王国間の護衛の仲介料。
私は今回、王国の富裕層に、中央のプチリゾートをもう少し売り込むつもりだった。
あまり客層が広がり過ぎてもブランド管理としてはよろしくないのでほどほどに。
絶対条件は道中の安全だ。
王国の護衛仲介組織の一つと基本契約を結んでおけば、リゾート利用者も安心するだろうと考えた。これが継続的な売上。
さらに、フルちゃんの話から、道中に点在する獣人達の仕事として案内人的な獣人護衛リレーができないかと考えた。
故郷と隣町の間だけ、リゾート客の護衛として地元の獣人が付き添う。
最初から最後まで護衛するメンバーに加えて、地元愛溢れる獣人達とコミュニケーションできる。
出稼ぎに消極的な町と、獣人に偏見がなくむしろウェルカムな王国人達が win-win だ。
この仕組みの仲介としてもマッチョさんの支部に絡んでもらえないか。
こんな構想があった。
「ところが、マッチョさんが据えられた支部は、最も共和国寄りだったのです」
発砲を指示した甲高い声の人間は、共和国人の副支部長らしい。支部のいわゆる事務方トップである。
面倒がって受付事務職の制服を着ているマッチョさんと異なり、私物のスリーピースを着こなした見た目イケメンらしい。
らしい、というのは、私を含め第六感で生きる同行者全員が「合わない」と直感したからだ。みんなで遠目に見に行ったところ、即断だった。
念のため、私は少し様子を見てみたが、相手によって対応の落差が激しい。
町中での動きを見て居たが、部下や目下と判断しているだろう相手への対応がひどい。
実質獣人お断りを掲げたのもこの人らしい。
チーター兄弟いわく「初めて会ったときのダイルをもっとひどくした奴」。
副支部長は共和国人びいきが強く、支部は王国における共和国人御用達のような状態らしい。
共和国人に手厚いので、仲介成功率の偏りは明確という。
「私は勘違いしていました。ライオン達のような中立的な立場だと早合点していました。支部という呼び名に惑わされて、中央と同じ運営がされている認識でいたのです」
護衛仲介組織の実態は、緩やかなフランチャイズ契約で結ばれた、事業本部と加盟店の集合体だった。
我が国の護衛の内需は小さい。
護衛が必要だと思うのは外から我が国に来る人々が大多数だ。そういった人々は自国から往復で護衛を雇う。我が国で改めて雇うのは少数派だ。我が国の国民は腕に覚えがありすぎたり、自前の護衛スタッフを抱えていたり、本能的な自衛が身に染み付いている。
市場が小さすぎるため、国内の護衛仲介組織は中央の本部直営一店舗のみである。穏やかなおじさま、おばさま、獣人が切り盛りする、何の変哲もない店舗だ。
対して、王国は市場規模が大きい。良くも悪くも人間寄りの国だ。護衛の需要は短期、長期、大規模、小規模様々にある。それにおうじて様々な法人と個人がフランチャイズ加盟して営業している。つまりはオーナーによって特色があるのだ。
フランチャイズ契約は様々なアレンジがあるが、この事業はシンプルな組み立てだった。本部は看板とサポートを提供し、加盟店は継続的に定額のロイヤリティを納める。
数少ない事業本部からの縛りとして、加盟店には本部直接雇用の護衛経験者が派遣される。無秩序な運営がされないように最低限のイメージを担保しているという。
マッチョさんはこの枠で共和国人の加盟店に派遣されたというわけだ。
しかしマッチョさんはカルチャーショックが大き過ぎて加減がわからなくなった、と言う。
それはそうだろう。
これまで自己責任の代わりに個人事業の裁量の大きさを謳歌していた人だ。加えて共和国流の組織判断の仕方は、我が国のそれとは大きく異なるだろう。
マッチョさんは、初日から現場窓口とは別棟の執務室に連れてこられて署名押印の日々だったらしい。現場に出ていくと押し返される。
ここはこういうやり方ですと言われてしまえば、次の手が浮かばないらしい。
様子からするに、ここがその執務室だろうか。
「もうマッチョさんはここに未練はないというので、一芝居打って引責辞任の口実を作ってみました」
無抵抗の無力な人間に被害を与えたとなれば、さすがの共和国人でもダメージを受けるでしょう。
あとは駆け引きですよ。
「しばらくしたら私はまた意識を失いますからね」
私はそう締め括ったが、ルーフェスさんはまだ腑に落ちていない顔をしている。
それにしても。
マッチョさん、打ち合わせ通りに対応できているかな。
心配だなあ。




