水牛の事情
うずうず。ウズ、ウズ。
ギースさんの角。頭。首。肩。帽子と手袋。布の上からうかがえる大きな胴体と太いしっぽ。
その辺りをずっと後ろから眺めている。
「コー。新しいお友達に挨拶出来ていないのだ~」
隣に座るドミーくんが、私の視線の先を一緒に目で追っている。
「そうなんだよ、ドミーくん。私達の誰もまだ挨拶出来ていないんだよ」
グリーンイグアナは、ギースさんに帽子と手袋を装着させられてますます詳細が分からなくなった。
「そもそも町の人達とも挨拶がなかったけれど大丈夫なの」
「町を出るとき、誰も何も言わなかったから問題ないだろう」
カイくんが事もなげに言う。
「別れの挨拶とか、連絡先の確認とかなしだったよ」
「俺達だって特にエリーさんやトールさんに出発の挨拶はしなかっただろう。連絡先は、このメンバーといるところを見せておけば、明らかだ。何かあれば街に連絡が来る」
そういうものなのか。
町を貫く大通りを堂々進んで抜けた私達である。
先頭の水牛獣人が明らかに町の仲間を背中にくくりつけているのに、町の人々はノーコメントだった。
形ははっきり浮き出ているし、私達の誰も隠そうともしなかった。
正直、さすがに誰か何か言ってくれると思っていた。
そうすればもう少し機微が分かると私は期待していたのだ。
しかしまるでそれがいつもの光景とでも言うように、何のやり取りもなかった。
おはようございます、良い天気ですね、出発ですか、気をつけて。
そんな会話は交わしているので余計違和感がある。
「今日は寒い。暖かい宿の部屋にでも入れば話せるだろう」
ラスコーさんが言う。
「道中で暖かい装備を調達するか、暖かい場所に行ってからなら話せる。あの町は余り変温体質の獣人の装備がなかった。上手く人間と役割分担しているから必要がなかったのだろう」
カイくんの補足で分かった。
グリーンイグアナは活動停止中なのだ。
町の人達もそれが分かっているから声を掛けなかったのだ。
私達は敵意がないし、武闘派と言われる彼又は彼女が形よく納まっているから、事情を知らなくても問題視しなかったということだろう。
「それにしてもギースさんは大したものだ。あの個体は大きくなる。立派な戦闘力になる。よく引き抜いた」
ラスコーさんが感心しているが、おそらくギースさんにそんな意図はないだろう。
「ギースのおっさん、カイやバルドーのおっちゃんをうらやましそうに見てたもんな」
「子育てしたかったんだぞきっと」
「上機嫌だもんな」
「スキップしそうだ」
動く金庫に伴走するチーター兄弟がにやにやしている。
「そんなに小さいの」
すでに私くらいの大きさはある。しっぽも含めれば私以上だ。
「あの種はでかくなるぞ」
「でかい店の中ででかいしっぽを振って用心棒をするんだ」
「骨格からすると、あの町の誰よりも大きくなるだろう」
「俺達のところなら目立たない」
ほうほう。そういうことか。
ギースさん達水牛獣人達は、メガテリウムお父さんと同じ移住組だ。
国の区画整理でなわばりたる土地が収容されることとなったため、対価を群れのみなで分けて別れた。
若者達は好きなところに散って行ったが、とりわけ大型で目立ってしまう数人が最後に我が街にたどり着いたという。
ギースさんは街の水牛達の最年長で、お父さんのような長男のような立ち位置である。
周りの世話をしていたら自分の家族を作る機会を失ってしまったと零していたことがある。
街は大きいし食もいっぱいあるし、好き勝手している人達ばかりだから、水牛とイグアナが無言で立っていても大丈夫だ。




