コーと事業売却
サクッ、さくっ、さっくり。
パイとスポンジの中間といったところ。
小気味よい食感の厚めの生地の中に肉料理が入っている。
食事が始まって、まず感心したのがこの料理の仕上げ方だ。
この皿に限らない。多少カトラリーの扱いが拙くても、ボロボロ崩れたりしない。
それでいて歯ごたえ、舌触りが楽しい。
小さな手の私でもなんとかそれなりに扱えるのがありがたい。
多分これは多様な手をもつ獣人にとっても同じだろう。
「素敵なお店ですね。みんなが楽しく食事が出来るように配慮されていて」
カイくんパパとフランクさんに言う。
見下ろすフロアには、異なるサイズのテーブルとイスのセットが置かれている。
フロアからはわかりにくくしているが、上から見るとよくわかる。
このレベルの料理を出すお店としては違和感があるほどにばらばらだ。
「美味しそうだとお店に入っても、場違いだと感じてしまったら料理がどうであれ気分がおいしくないからね。カトラリーの使い方にピリピリしていても味がわからなくなる。雰囲気の美味しい店が欲しかったのだよ」
フランクさんがゆったりと言う。
「それに、獣人も人間も、中央の住人もそれ以外も程ほどに入る店に、こういった部屋があると便利なんだ」
有名人なカイくんパパが言う。
「食といえば、アレクサンドルさん。グルメマップはどうですか」
「あの街を訪れる人間自体多くないですから、飛ぶように売れると言うわけにはいきません。けれども従来のマップに疑問を持っていた商人はパラパラと購入してくれていますよ」
アレクサンドルさんがロゼワインを飲みながら言う。
ルーフェスさんは白ワイン、カイくんパパは変わらず赤ワインで、本当にこの場の面々は気楽な間柄だと感じる。
接待相手に合わせて苦手なタイプのワインを飲んで、頭痛に苛まれた私の記憶よ、グッバイ。
「その商人さん達から夏の氷細工または氷菓子について聞いたことはありますか」
「ああ、あれもコーさんでしょう。人間の小さな女の子と白いオオカミと聞いていたので、お会いして気づきましたよ。ちょっと確認したいことがありましたから、あの場では口にしませんでしたが」
さて何を調べられたのだろう。
「どのように思われましたか」
「良いビジネスだと思いますよ。水にしても散々洗脳されましたからね。長時間運んできて生温い水を飲むか、体調を賭けて冷たい水を飲むか。まあ平気な人も多いと思いますけどね。ただ寝込んだら商売ができなくなりますから。毒味をしてくれる上に冷やしてあって、水としても従来マップの店より安いとあれば商人の天秤は傾くでしょう」
なかなかの好評価だ。荒いものだが、やはり短期集中がよかったのだろう。
「アレクサンドルさん、この事業、買いませんか。多くの街の入口近く、ちょっとしたスペースが確保できればオーケーです。フィルターは継続的にお売りしますよ。ノウハウもつけます。私達の街の場合は水の権利はカイくんが持っています。私は管理運営を請け負っている形です。私の位置に入ってください。私はアドバイザー的な立場をもらえれば、フォローします。他の街はアレクサンドロさんがコネとモロモロを使って整えて下さったら、アドバイスも立ち上げの手伝いもしますよ。もちろん軌道に乗ったら私はフェードアウトします」
「遠征時は十分な護衛付きが条件です」
カイくんが付け加える。
何の打ち合わせもしていないのに、安全確保は抜かりない。
頼れるオオカミである。
アレクサンドルさんは否とは言わなかった。
「アッサリしてますね。思い入れがあるのでは?」
「派手に売った時点で出口を見てます。むしろ出口を見ていたから売れるだけ売りました。遅かれ早かれ私の手に余る事態になります。それなら、鮮度のよい状態で良い料理人にお渡ししたほうが世のため、食材のため、消費者のためです」
「いやはや、さすが『 』だ」
「え?」
ルーフェスさんの言葉が一部聞き取れなかった。
意味のある言葉に聞こえなかった。
自動翻訳が仕事をしていない。
「ああ、やはりそうですね。間違いないとは思っていましたが。聞き取れませんね、『 』」
アレクサンドルさんは分かっていますよとばかりに頷いた。
「人間は親なしに自然発生しません。人間の赤ん坊が獣人と同じ食事をして、立派な言葉を喋って、商売まではじめる、とくればこの世界で答えは一つです」
時々私のような人間が現れるらしい。
隠して過ごす人も、おおっぴらにする人も、世にプラスの働きをする人も、マイナスの働きをする人も。
名を成した人も、刑務所に似た隔離施設にいる人もいるというから、何とも言えない。
そして、多くは人間ばかりで安心するのか共和国にいくと言う。
国によって法も、常識も、マナーも違うから無難な選択だと思う。
共通点としては、その概念がないため自分達を表すこの世界の言葉が、聞き取れないし読み取れないらしい。転生に加えて、この世界のなんらかの概念が混ざっているらしい。
別になにを隠すつもりもない。
幼児の振りなどしなかったし、もふもふ抱っこ以外は見た目通りの行動などしなかった。
ただ、オオカミ親子と街のみんなの反応が怖かった。
恐る恐る白黒オオカミを順に見る。
「いやいや私はさすがに知っているよ。まあ、人間とも違う不思議生物だと思っている者もいるようだが」
カイくんパパが苦笑いしながら言う。
カイくんが鼻の上をくしゃりとさせて言う。
「違う世界の人生経験があったって、怪我をするし、転ぶし、まともに生活できないからな。文句なしに弱い。放っておけない」
うれしいが言い過ぎではなかろうか。




