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企みの結末

あああ。嗚呼。アアッ。

カロリスさんのようにバランスの良い筋肉を持ち、バルドーさんよりだいぶ面相の良い青年が、カイくんパパを見て泣き出した。


フランクさん邸、日の光が溢れるサンルームでの朝である。

フランクさんの了解をもらってちょっと前にカイくんと一緒に庭に水やりをした。

緑に乗った水滴も光を弾いて爽やかこの上ないのに、対応に困る事態である。


こういう場面、苦手だ。

ビジネスや獣人ならまだしも、本気の感情を表に出す人間に絡みたくない。

私の中で今世は全てプライベートなのだ。


私は同じテーブルについたアレクサンドルさんに目配せして関わりませんよと意思を伝えた。

そうして隣の椅子からぶらんとしていたカイくんのしっぽを取って毛並みを確認することにした。

カイくんは何度かしっぽを取り返そうとしたが、私が死守する姿勢を示すと諦めた。


そもそも私は同席する気がなかった。

ところが、朝食の後、オオカミ一族の問題でしょうとアレクサンドルさんに残されたのだ。


アレクサンドルさんが事務所の人たちに配慮して、件の不安定なミニバルドーさんをフランクさん邸に呼び寄せた。

ユッスーンと名乗った青年、私から見ると少年に見える彼は、メイドさんに案内されてサンルームに入るなりカイくんパパに縋り付かんばかりになった。


「リーダー。リーダーァァァ」

マイスくんはカイくんパパと似ているらしい。

「まあ、すわると良いんじゃないかな」

カイくんパパが隣の椅子を引いて、よろよろ寄って来たユッスーンさんを座らせた。


「こんなに情緒不安定でしたか」

「いや、もう少し取り繕っていたぞ」

アレクサンドルさんとカーライルさんが全くひそめていない声で会話している。

カイくんが私を守るように椅子を寄せた。



「つまり、話が違った、というか騙されて引き込み役になりかけているわけですね」

ユッスーンさんがカイくんパパとカイくんママの間で落ち着いたところで事情を聞いた。

アレクサンドルさんが全く他人事で話をまとめてくれた。

「最近名前を聞くようになった中央の商人はだいぶ羽振りが良いらしい。押し込むかさらうかして一稼ぎしよう。そんなことを考えた僻地の武装集団が、各地の身寄りのない若者を集めて配置してきていると。若者達は全体像がわかっていない。ユッスーンは群れで鍛えた目や耳や気配察知で気付いたが、相棒と連絡が付かないから身動きがとれない」

標的はアレクサンドルさんなのだが、成り上がり商人は動揺しない。

「私も有名になりましたねえ」

「最近派手に商売をしすぎだ。コーお嬢さん経由で儲けすぎたからだよ。自業自得だ」

フランクさんも大して心配していない。


「商会に入る時に提示したアカウント、あれはどうしたんだ。前職も載っていたと聞いたぞ」

カーライルさんが聞く。

「私がアカウントを持っていないと言ったらくれたんです。私のアカウントには群れの財産にアクセスできる機能がついていますから、群れを出るとき、おいて来たのです。言われるがまま各地で荷運びや長距離輸送をしながらここまで来ました。前職は本当です」

アカウント無しで何の確認もなく好条件で雇ってくれる時点で怪しい。

物理的な危機管理に強いのに、この危機意識の低さは何なんだ。

あれ、この感覚、とても懐かしい。


「アカウントもない訳ありの、使い捨てできる駒だと思われたんだな。アカウントの発行条件は地域によるから、入手自体は難しくない」

「商会の身元確認、甘くありませんか」

カーライルさんに思わず聞く。

「商会事務所自体は大した情報も財産も扱っていないからな。あそこは基本事務員が調整にバタバタして、ひまな護衛部隊が訓練しているだけだ。重要書類も置いていないしな。基本採用は好きにやらせている。俺達は関与しない」

まさかのセキュリティだった。事務所自体が囮だ。


「そうなんです。中央についたところで次の仕事だと言われて。ここで雇って貰え、そうして仕事内容を教えろと連れて来られて放り出されて。商会の皆さんは良い方ばかりで、店先でうろうろしていた私を拾ってくれたんです。中央に来たばかりで住むところもなく勤めもなくしてしまったと言ったら、じゃあここに住んで働きなさいと言ってくれまして」

ツッコミ所が満載過ぎるが、この感覚も覚えがあるぞ。


「街の話を聞いているみたいだね。成り行き任せなところも、警戒心がないところも、英雄達の街の住人みたいじゃないか」

フランクさんの感想で納得した。

そうだ。街のみんなと同じ感じだ。

何かあっても何とかなる圧倒的強者達の無頓着さだ。


「相棒はどうなってるんだ」

「俺に任せておけといって、最初に別れたままです。内部に食い込んでいるらしいです。器用な奴だから集団の上の方に気に入られているんだと思います」

ん?

「任せておけ?」

「はい。この話自体は、相棒が誰かから受けてきたんです。小さい子がお金のために体を壊しそうな重労働をしているのを見て、相棒にどうなってるんだと聞いたらこうなったんです」

アカウントは置いていけ。

この店であいつに声をかけるぞ。

話には頷いておけ。

よしここで別れるぞ。

合図があるまであいつらに付き合っておけ。

こんな調子です。

うまくいけば、あの子のおかれた状況は改善される。あいつらを潰すぞ、と言われたのですが、合図はいっこうにないし、もうどうして良いかわかりません。



嘆くユッスーンさんを見ながら、人間達は目配せし合った。

これは、ほっといてもいいんじゃないですか。



ユッスーンさんをとりあえず商会事務所に戻した後、念のため中央のライオン獣人のところに行ってみた。

特に予定もないので、アレクサンドルさん一行にオオカミ一家みんなでついて行った。

ライオン獣人のボスが穏やかに迎えてくれたので、ハッシュさんの活躍などをお土産話にした後、今回の件を説明したところ事態は簡単に整理された。


「海を越えた地域の統治者から、協力要請がきている。ならず者達が良からぬ企みをしているから、一斉摘発するそうだ。大した規模じゃない。アレクサンドルさんのところにはそろそろ知らせようかと思っていたんだ。内部から一部始終計画が漏れているけれど、一応気をつけておくと良い」



後日、元強襲隊のメンバーが中央に出張して来た。

乗りかかった舟だしね、それもそうね、と居残っていたカイくんパパとカイくんママがシェーヴェさん達に合流した。

たまにはな、とカーライルさん率いる商会の護衛部隊も参加して、大捕物が行われたらしい。


私は、フランクさん邸のサンルームでカイくんとひなたぼっこしながら、制圧、というか蹂躙の様子をルーフェスさんから聞いた。

統治者がどれだけの報酬を用意したのか知らないが、私にはこんな稼ぎ方は無理だと思った。

アレクサンドルさんは迷惑料がわりに、今回の絵図を書いた青年と何かの契約をしたようだが、よくやるものだ。

詳細を知らせずに巻き込む相手と取引なんていやだ。


この国の協力に感謝を示すために遥々やってきた海向こうの使者団と一緒に、ユッスーンさんとダブルスパイをしかけた相棒は群れに帰って行った。

相棒は小柄で身軽そうな青年だった。

無事を喜ぶユッスーンさんをクールにいなしていた。

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