マツテンとオーナールーム
じわじわ、ジワジワ、じわじわ。
ちょっとずつ、隣に座るマツテンが、私から身体をそらし、イスをずらし、また身体をそらし、している。
まるい目をキョトキョトさせて、私を見ないように周りを見回し、全身でどうしようと言っている。
体に対してとっても小顔で、三角耳と相まってとてもキュートだ。
前世では毛皮を求める人間により生息数を減らしたほど素敵な茶色の体の持ち主である。真っ白な毛皮のシロテンはかのレオナルド・ダ・ヴィンチの作品で有名だったはずだ。
ここは中央の気楽なレストランであるらしい。
入口を入ってすぐのフロアにテーブル席が並び、種族もドレスコードも気にせず地元住民も観光客もディナーを楽しんでいる。
そのフロアを外周から見下ろして、吹き抜けと見せかけた二階部分に隠し部屋のように個室が配置されている。
せっかくだから中央の雰囲気を味わいましょうと、フランクさんと合流した私たちは、この個室に案内された。
普段はオーナールームとして使われている部屋だという。マジックミラーでフロアから中は見えず、防音仕様でもあるらしい。
着座したのは、カイくん親子と私、フランクさんとマツテンのコロンくんである。
円卓には空席があと二つあり、実はフランクさんと知り合いだったアレクサンドルさんを呼んでくれたらしい。仕事が終わり次第、黒目黒髪頬に傷のルーフェスさんと一緒に来てくれるという。
まずは手続きごとを終わらせようと円卓には各人の前に好みのドリンクのみが置かれている。
フランクさんのシャンパンの味が気になりつつ、私が飲むのは微炭酸水だ。
みんなが好む気がする。街で作れないかな。前世はソーダを作れるマシンがあったよなあ。
中央にきてから、こんなものもあったんだ、と目移りしてばかりだ。
「その服はどこで?」
「懇意の店が私の肌にあわせて生地から仕立ててくれる。私は恥ずかしながら肌が弱いもので」
「その店、紹介してもらうことは?」
「代表者会議中に行こうか」
カイくんがフランクさんの服に興味を示している。ふたりは既知の間柄らしい。カイくんが言葉少なに積極的だ。
話には聞いていたが、私はフランクさんに会うのは初めてである。
自己紹介して、世間話をしているうちに脳内招き子猫がとても懐いた。
顔や体型自体は人間のいる街ではよく会いそうな中年男性だが、雰囲気が違う。
目線の動きや気の配り方が洗練されている。身につけているものに飾り気は少ないが素材は良い。
アレクサンドルさんとは別のタイプのやり手感だ。
あの生地手触りが良さそうだなぁ。
街では見たことがない。
ガロンさんからもらったスカーフは薄い織りでしなやかだったけれど、あのシャツの生地は適度な厚さと肌触りな気がする。
毛のないベビー用にどうかなあ。
街では狩りをしてもダメージの少ない強い生地が好まれるし、それに応じて洗濯石鹸も我が強い。触りの柔らかな生地は作られないし、持ち込まれない。
ベビーをフワフワタオルで包みたくなる私にはちょっと不満だ。
うむ。それにしても、マツテンの、この、毛並み。
じわ、じわじわ。そろ、そろり。
「コロン、大丈夫だよ。コーお嬢さんはお友達になりたいだけだ。失礼にはならないよ」
フランクさんがこちらの攻防に気付いた。
「こほん。コロンさん、ごめんなさい。不躾でしたね」
少しだけ視線をそらす。
コロンくんはフランクさんのところで居候しながら事務員として働いている。
我が街は大型肉食獣人が主だが、当然ながら草食獣人や小型肉食獣人の街もある。
マツテンのコロンくんは小型獣人の街から、外の世界を見たいと最近出てきたらしい。
我が街でもそうだが、一度は外を見たい、または見てきなさいというものである。
フランクさんのところは特定少数の顧客と深い取引関係を築いているので、人間社会に徐々に慣れていくことが可能と、獣人達に人気なのだとか。フランクさんの顧客には獣人が複数いて、各クライアントとの連絡係として近しい種族が任に当たるのだ。
フランクさんは人間のプライベートバンカーである。
クライアントである富裕な顧客の資産を守ったり、運用のサポートをしたりする個人銀行家だ。銀行員ではなく銀行家である。
大手銀行のプライベートバンク部門の担当者ではない。
自身も莫大な資産をもち、その資産をいわば信用の担保として顧客を安心させることができる。一心同体の顧客の味方だ。
このお店の真のオーナーはフランクさんとなんとカイくんパパらしい。
「コロンはこの前、人間のお嬢様にちょっと辛く当たられてしまってね。断れない依頼だったけれど、私の判断ミスだった」
「フランクにも断れない依頼があるのか。私には素っ気ない断りばかりだが」
カイくんパパが渋い色をした赤ワインのグラスを傾けて言う。実に様になっている。
差し支えない範囲で聞いたところによると、フランクさんが断れなかったのは国絡みの視察だ。
共和国の議員がこの国を訪問したが、その幕間に突然、ソフトな話題作りとして、人間と獣人が適材適所で働くところを家族と見学したいと言われた。困ったこの国は、無難な対応を心得たフランクさんに泣きついた。
フランクさんは投資先の事務所を案内したが、その時随行したコロンくんが、議員の小さな娘さんにマナーがなっていないと詰られてしまった。
獣人蔑視の残る共和国のマナーは別に世界共通ではなく、むしろ獣人社会では失礼と取られるものもあるのだが、コロンくんはそのさじ加減がわからず、いまだ混乱中らしい。
フランクさんは代表者会議における我が街代表団の財務アドバイザーにコロンくんを推薦した。
本音は肉食獣人達の自由な振る舞いをコロンくんに見せたいのだ。
我が街は席が一つ埋まって万々歳、コロンくんは堂々とした獣人の振る舞いを見てバランスを取り戻せる、という計画である。
我が街で本当に良いのだろうか。
極端と極端でプラスマイナスゼロ作戦か。
「他国のしかも共和国の制度を利用したいとか、高度なアカウントを手続き割愛で作れとか、さすがに対応に困るよ」
それは私が原因ではなかろうか。実に申し訳ない。
「今日、本人と一緒に顔を出したではないか。政府のごり押しとは違うよ。さあ、その高度なアカウントをつくりたまえよ」
「わかっているよ。コロン、コーお嬢さんにご説明して」
私は一言一句、一挙手一投足見逃すまいとコロンくんのキュートな姿を注視した。
コロンくんは説明を開始した。ピルピルしていた。
かわいいがなぜだろう。




