三匹の楽園
く、くう、きゅう。
白いもふもふがか細く鳴いた。
茶色い二匹が更に白いもふもふにくっついた。
小さいもふもふ達くっつきの図、は愛らしいことが多いのだが、背景を知っているこの子達については怖いんだろうなあと思うだけである。
逃げられないからせめて一緒に、という感じなのだ。
寄合所と裏庭周辺は、常になく人間がいて、常の如く大型肉食獣人がいる。
「とりあえず、みんなで何か食べませんか」
王国組が復活したらしいので、私は遅めの昼食を提案した。
今日は誰のお店が良いだろう。
三匹には先に食べさせたい。
何が良いかな。
「この子達は何が好きなのかな」
「コーがいつも食べているものあるじゃろう。あれで良いぞ」
私はポケットから木の実やドライフルーツの小袋を取り出す。
この子達ならこれかな。
内容物を思い出しながら選ぶ。
王国組の護衛や従者達の間に少し動揺が走った。
主達のなかではウルススさんだけが何か分かったようだ。
フルウィアさんとカロリスさんはまず買ったことはないだろう。ナリスさんは資料で見るかもしれない。
私の服にはこの小袋が沢山収納されている。
業種に関わらず、小売店に入って買うものがないと私はこの小袋を買う。この世界の人達にとって最低限の食糧になるらしく、大概どんな地域のどんな店でも売っている。料理は地域によって大分違うのだが、この食糧パックは概ね同じような物だ。だいたい日持ちのする乾燥した何かが入っている。
どこでも売っている品が少ないこの世界では、私的ビッグマック指数またはトール・ラテ指数で、この小袋の価格でその地域の経済力や為替の受け入れ方を測っている。
ただ、ビッグマックやトール・ラテと決定的に違う側面がありはするのだが。
フルウィアさんがじっと見ているので、どうぞと一袋渡した。
「こちらは?」
「ドライフルーツです。この子達がダメそうなものは省いてあるはずです」
つまりはそういうものだ。
ペット用おやつとしても使えるよう、無難なものだけ入っている。レーズンや一部のナッツ等動物が食べて問題があるものは入っていない。
多くの人間にとっては、いざというときの非常用、金欠時にやむなく、または小腹が空いてどうしてもというときの品で、私のように常に主食にしている人間はそうはいないらしい。手軽でまあまあおいしいんだけどな。
フルウィアさんは袋を受け取り中身を手に出して、三匹に近付きそっと差し出した。
三匹は、逃げないけれど、近付きもしなかった。
「はあ」
カイくんのため息再びである。
手を差し出すので小袋を渡すと、カイくんはドミーくんを手招き、一緒に三匹の近くの手頃な石に座った。
小袋をあけ、ドミーくんと分けて食べ始める。
「コー、意外とこれ、おいしいのだ~」
ドミーくんが笑って言う。
カイくんが、三匹をじっと見て、ドライフルーツの乗った手を差し出した。
ドクスが、意を決したように寄って行く。
器用に鼻先を使って首もとの布にカイくんの手のひらのものを移す。
そうして二匹のもとに戻り、首もとを差し出す。
二匹はドクスの布に交互に口を突っ込み、恐らくは食べた。
「ドクスは、目で見て判別している。あまり鼻は良くない。茶のもう一匹は鼻が多少利くようだが気配が分からない。白いのは、気配が分かるが他が難しい。三匹で役割分担しているんだ」
カロリスさんが見つめるので、私は王国組全員に小袋を渡していった。
複雑な表情、懐かしげな表情、初めて見るという反応様々だ。
「昼食前ですが、三匹と一緒に食べてみましょうか。少しは懐いてくれるかもしれません。飲み物でも取ってきましょう」
そう言って室内に入る。
意図を察したのか、さり気なくウルススさんも着いてくる。
机で脱力しているアレクサンドルさん達に近寄る。
「ドクスとディンゴ・ハイブリッドとクマです。人間がペット用に育てたグマとグリズリーの子孫がいます。フルウィアさんは三匹一緒を望んでいますが、どうしますか」
「悩ましいですね。ウルススさん、どうですか」
年の功なのか、アレクサンドルさんが思いの外しっかりしているがあまり意欲的ではなかった。
やりようによってはチャンスなのに、ウルススさんにパスした。
「将来的な危険はどうですか」
「保証はできません。それに悲しい思いをするかもしれません。国に連れて行くことに法的な問題はありませんか」
「ありません」
ウルススさんが断言したので、移動は大丈夫そうだ。
「人手と場所と危険の管理ですね」
人手は街からでもいいな。
他の獣人の街でもいい。
大型草食獣人の働き口としてもいい。
ウルススさんが言う。
「お二人の婚約祝いに三匹のすみかを贈りますよ。小さな森を贈ります。そこであの子達に過ごしてもらうのはどうでしょう。同級生達も贈り物を悩んでいたんです。獣人の女神で盛り上がった同級生達は、ナリスさんの獣人好きに感化されていますしね」
フルウィアさんにようやく近付いたドクスを見ながら、アレクサンドルさんが言う。
「ではヴァイルチェン家も連名ですね。融資します。あの様子なら、郊外の更地に人工の、箱庭のような森を作ればよいでしょう。先住動物のいない、あの子達サイズの森でよいでしょう」
三匹は未知数の固まりだ。
今生きていることが奇跡のようなものだ。
生後何週間かわからないが、寿命もわからない。
安全な、小さな森でのんびりしたってバチは当たらない。
アレクサンドルさんが想像以上にヴァイルチェン家に食い込んでいてびっくりだ。
セレモニー裏のあのホクホク顔が思い起こされる。
「父も乗ると思いますよ」
ルーフェスさんが言ってアレクサンドルさんが頷いた。
私は、ならば、とばかりに付け加えた。
「街からは人手を出しましょう。森の整備をして、常駐の管理人をおいて、あの子達が万が一にも加害側にならないよう、また外からの被害にあわないよう、危険を管理しましょう」
これで安心だ。
「では、そういうことで」
王国と中央の、清濁併せ呑む商人達が合意した。
贈り主達は獣人びいきの立場を隠さないことになる。
旗幟を鮮明とすることを強いられるような厳しいイベントにならないといいが、その辺りはウルススさんがうまくやってくれると信じよう。
少なくとも私達に敵意を持っていない家ははっきりするだろう。
「それにしても、懐かしい。昔はこればかり食べていました」
ウルススさんが小袋を日にかざして言う。
「おいしいですよね」
私の言葉に、その場の全員がぎょっとした。




