オオカミ親子とプライベートバンカー
こみこみ、ごみごみ、混み混み。
黒オオカミと白オオカミの間に挟まって人混みを歩く。
右手に黒いもふもふ、左手に白いもふもふ。かための肉球も幸せだ。人混みも、白黒オオカミの間に挟まれ、もはや埋もれた状態で歩く私は安心安全である。
今日はカイくんとカイくんパパと一緒に中央に来ている。
ちびっ子コーさんにとってははじめての旅行で、はじめての中央である。
我らがホームタウンを朝出立し、砂漠地帯を抜けて馬車と電車を乗り継いで、夕方に近い今、中央の繁華街についた。
私たちの街ではその地理的位置から中央と呼んでいるが、ここはこの国の首都である。
行政の中心であり、商業の中心である。
各国からの人の流れも国随一で、需要に応じていろいろな機能・役割を集めた結果、私たちの街の、百分の一の面積に十倍の住民と他国からのお客様が入り混じる。
平和を確信した獣人たちが、もうゆっくりしたいと人間にとっての未開の地に深く深く入っていき、個人個人が駆け回るスペースを確保し、いまだに拡張中であることとは正反対だ。
ちなみに、物理的に建物が集まった獣人達の街から砂漠地帯を含んで馬車移動したところまでが獣人達の実効管理エリアで、電車に乗ったところからが中央のエリアであるそうな。
自然環境に影響が大きいので、獣人達のエリアにおいて電車や自動車は乗り入れ不可だそうだ。
確かに空気が違う。水が違う。
「まずはどこに向かうのですか」
「コーのアカウントをつくりにいこう。我が家のバンカー、フランクに会って手続きを一気に済ませよう」
「アレクサンドルさんやバルドーさんと会う時間はありますか。あと泉の件で担当の方と会えそうなら、お話したいことがあります」
バルドーさんは修行のついでに護衛仕事をしている人で、私の貴重な人間社会のニュースソースである。
一応の拠点は中央で、今日の旅行について電話したらいつでも来いと言ってくれた。
「コーは中央は初めてだからいろいろ連れていってやりたいんだよ。商人の方はフランクが手配してくれる。まあ、ゆっくりしようじゃないか。今日はフランクと会って、夕食をとって、早めに寝よう」
ここで言うバンカーとは日本的な銀行員ではなく、ヨーロッパ的なプライベートバンカーに近い存在らしい。
無限責任を負う個人銀行家がトータルな資産運用サポートをしてくれる。コンシェルジュやバトラーに近い感じだ。日本の法規制に合わせた銀行業務従事者ではなく、ヨーロッパの歴史を陰から支えてきたタイプのバンカーだ。
「仕事が入っているんだから父さんはゆっくりしていられないだろう」
カイくんがオオカミフェイスをしかめる。通り過ぎようとしていた人間がビクッとしている。獣人と人間が半々くらい歩いているが大型獣人は多くない。とくに我が街には少数派の、ウサギ、ネコ、イヌといった種族の人間に近いサイズの人たちが、ここでは多数派のようだ。
正直ぱっと見で、私たちは少し敬遠されている。
カイくんパパに気付いた人は眩しそうな眼差しを送っている。
実はこの首都訪問は、カイくんパパのお仕事が入ったことに端を発する。
この国の各地域の代表者が首都に集まって通常年一回、数日間かけていろいろな話し合いをする。
ついでに各地から各分野の有名人も集まってそこここで会合が開かれる。見栄えの良いセレモニーも同時期に開催されることとなり、今年も複数のオファーがカイくんパパに舞い込んだ。
どれを受けようか吟味していた黒オオカミに街のみんなは、
「代表者会議に出るからそこから都合の付くものだけ受けますといえば良いよ!」
と、これ幸いと街の代表者を押し付けた。
実は毎年よくある流れである。
代表者会議自体は新しい決まりごとや税金や公的な補助に関する議題が多く、大事なことが盛り沢山だと思うのだが自主自立なみんなは要望がないので興味が薄い。
決まりごとについては事前に一応の実務者間協議を終えているということもある。税金については今年は街でこれだけね、と言われれば街の倉庫に溜まっていく物資を換金したり物納したりでアッサリ納付する。国からの補助は必要がない。
私的にはカモられている気がしてならないが、それはさておき、代表という役割にこだわりもない街のみんなにとって、狭くて、空気も水も合わなくて、気ままに狩りもできない中央開催の会議には魅力がないのだ。
今も道を連れだって歩いているどこかの代表団とは大違いである。
会議は明後日からだが、随行団やら御用商人やらがただでさえ混雑している道を一層賑やかにしている。
我が街からはカイくんパパがこれでも一番乗りだ。
このあと夜間巡回警備を兼ねてワシミミズク親子が飛んできて、明日には昼間巡回警備を兼ねてチーター兄弟が駆けて来る。
交渉の根回しも、情報収集も、打ち合わせをする予定すらない。
「カイくんとは行きたいところがあるんだ。両替や外国為替の大きな商いは見学できないかな」
「ああ、それもフランクに頼めば良いだろう」
カイくんパパは上機嫌だ。コー、あれは要らないかい、お腹は空かないかい、何が欲しいのかな、と散財する気満々である。
うれしいが、困る。私は何かを買ってもらうことが苦手である。ビジネスが絡むなら交渉も試し買いもできるが、プライベートで無邪気になんて無理である。商品は商品であって、自分が消費して良いものではない。
カイくんはしばらく黙って賑やかな商店街を見ながら歩いていたが、ふと、私の手を離しすたすたと人だかりの方に近寄って行った。手を離した際に私をパパさんの両手に預けるのは忘れないところはさすがである。
立ち止まって背後の黒オオカミの顔を見上げていると、白オオカミは小さな紙袋を手にすぐ戻ってきた。
「小麦の焼菓子とドライフルーツだ。いつでも食べるといい。街にも持って帰れる」
紙袋を私に渡してくる。
「コーの好物かい?」
「いや、多分違う」
「ではなぜ?」
「小さくて保存の効くものを渡しておけばそのうち食べる。持たせておくと俺が安心する」
以前空腹で転んだのを覚えているのだ。
うっかり前世のペースで食事を忘れていろいろしていたら立ちくらみでふらつき、段差につまずいてバタンといった。
私は時々お子様ボディの限界を忘れてしまう。
食べ物はそこここにあり、みんな好きに摘んでいる孤児院兼寄り合い所で食が足りずにふらついた真実なぞ誰も想像できないので、周りにいた獣人たちはとてもびっくりして大騒ぎした。
人間特有の病気かもと、たまたま街にいたバルドーさんが緊急召喚された。それなりに私のうっかりを察するバルドーさんが説明するまで、カイくんは耳もしっぽも見たことがないくらいピーンとしていた。
その後私の前にはお供え物の如く食べ物が置かれたが、食べきれないしもったいないので、保存の効くクッキーとドライフルーツだけもらって数日かけてちまちま食べる姿をアピールしたのだ。
「せっかく中央に家族旅行に来たんだから、人間の流行りものを食べようじゃないか」
フランクに言って、レストランの個室を取ってもらおう。
そう言うカイくんパパはもう本来の目的を忘れているのではなかろうか。




