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マチカドロジック  作者: リル
基礎知識
2/22

02.「日笠ヒマリ」という吸血鬼

日笠ひかさヒマリは、吸血鬼である。


 とはいえ、あまりそれらしいところはない。

 運動神経が普通の人よりちょっとよくて、おそらく普通の人間よりは遥かに長く生きられて、定期的に血を飲まないと死ぬ。

 あとは、少し特殊能力が使えるらしい。

 吸血鬼っぽいのは、それくらいだった。

 そもそもそこまで長く生きていないため、自分が長生きする実感があまりない。


 好きなことはココナッツミルクと不労所得。

 いちおうユーチューバーらしきものをやっているが、やっぱりまだまだ足りないと思っている。

 もちろん、お金は大好きだ。

 ――お金くらい大切なものもそもそもない。お金はたくさんあればあるほどいい。

 それがヒマリの考えだった。


 そんなヒマリの事情を知っているのは、この町では友人であり、いつもヒマリに新鮮な血を売ってくれる白坂雪音しらさか・ゆきね、たった一人だった。

 雪音とは、ヒマリがここにやってきた約10年くらい前からの知り合いである。

 艶があるアッシュ・ブラック系のセミロングの髪が印象に残る、おっとりした美人であった。ヒマリとは腐れ縁とも言える。

 あるモノのフェチだというのを除くとすごくいい友人で、いつも不平不満ばかり口にしていまうけど、ヒマリも雪音が嫌いじゃなかった。

 ……自分をいじるのが好きなことだけは、もう少し勘弁してほしかったが。


 ヒマリにとって、この町はいわば縄張りのようなものだった。

 もちろん、ヒマリは誰かを襲ったりしないし (血はいつも雪音から調達しているし、そもそも襲うつもりなんてない) 、誰かにそう決められたわけでもないため、それは気持ちの問題に過ぎない。

 だけど、ヒマリはこの、静かで何もないような町が好きだった。

 たとえ、それになんの見返りがなかったとしても。


 だからか、ヒマリはまるで「町中警察」でもなったような気分で、ここを見渡すのが好きだった。

 町中警察っていうのは、いわゆる「世界警察」がスケールダウンしたようなやつだ。あまりカッコつけるのはガラじゃないが、なぜかそうしたかったからしょうがない。

 事実、あくまで時折ではあるが、ヒマリはこの町を荒らす不良を見つけては(物理攻撃で)成敗する時もある。

 吸血鬼としては異端だけど、ヒマリは物理攻撃の方が性に合っていたのだ。


 ヒマリは自分の住むマンションの屋上で、雪音と外を眺めるのが好きだった。

 ヒマリたちの前に続いている見慣れた商店街や、そこを行き交うさまざまな人たち。そしてどこまでも広がっている空。

 不思議なことに、これらはどれだけ見てもあまり飽きが来ない。


 夕方くらいの時間に、あそこから見る町はほんとうに美しい。

 ぶっちゃけ何もない町だし、見るところもあまりないけど、ヒマリはここが気に入っていた。

 他の人はあまり目を留めない、ヒマリたちだけのちっぽけな聖域。

 まるで秘密基地(外からでも見えるわけだが)みたいで、ヒマリはここにいると落ちつくことができた。

 別に、ここで生まれ育ったわけではない。

 誰かがヒマリのことをわかってくれるわけでもない。

 だが、ヒマリはここが、ここにいることが好きだった。

 他には何もいらない、と思うくらいに。


 それを見渡しながら、ヒマリはいつものように雪音にこう話しかける。

 今まで何度も繰り返されてきた、二人だけの会話であった。

「ここで不思議なことがあるとしたら、あたしとあんた、二人しかいない。残りはありふれた普通の風景。そうだよね?」

「そうね、ヒマリちゃん。わたしもそう思うわ」

 雪音はいつものように、ニコニコしながらそっと頷く。

 それが二人の、いつもの距離だった。

 いつだって変わらない、二人だけの距離。

 長く続いてきた温かい世界。


 吸血鬼には似合わないほどの、ごくごく普通の日常。

 だるい時もあるが、ゆるやかで気持ちいい日々。

 ――ヒマリは、ずっとそんな毎日が続くと思っていた。


 「あの出来事」が起きる前までは。

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